数ある終末小説の中でも特筆すべきは、本書の登場人物が特に生きたいとも思わない地点から、最後の1か月を生き始めていることだろう。友樹にしても小学生の頃、一瞬だが心を通わせたこともある雪絵の前で井上らに日々虐げられ、口は悪いが情に厚い母〈静香〉を悲しませたくない一心で生きているようなもの。

 その静香から死んだと聞かされてきた父親が、2章の話者・信士。だが親に殴られて育った信士自身、ヤクザ稼業から足を洗えないまま兄貴分の命令で敵若頭を殺め、その兄貴にも使い捨てにされた矢先、静香と再会するのだ。

「なんだか最近は『生きてるのが楽しい』と思いにくい空気が濃厚すぎると思うのです。かといって人間は綿菓子みたいにしゅっと消えてなくなることもできないから、“とりあえず生きてる”人も多いのかなあと。

 人類平等に余命1か月という宣告は、そんなどっちつかずのしんどさから解放してくれる面もあると思う。惑星衝突を知った友樹の感情が愉快→理不尽→恐怖と揺れ動くように、1か月って微妙な長さなんですよ。終末小説は死までの期間に作家性が出ると私は思っています。1週間なら激情に身を任せたまま死ぬこともできる。でも私は、夢を見続けるには長く、何もしなければ餓死してしまう時間を、彼らに生きてほしかったんです」

全人類の死と筆1本で対峙

 各種交通網がマヒする中、東京行きに拘る雪絵を友樹は陰ながら見守り、井上の魔の手から間一髪で彼女を救出。そして品川駅で逆襲されかけたところを見知らぬ男に助けられるが、それが息子の身を案じる静香を広島から乗せてきた父・信士だった。

 互いの存在すら知らなかった父と子、そしてかつてお腹の子を暴力から守るために家を出た静香は、雪絵と4人、家族同然に暮らし始めるが、巷では略奪が常態化し、〈波光教〉の幹部が細菌兵器をもって逃走中との噂も。地球より先に壊れたのは人間の方で、地球最後の日、歌姫が地元大阪で開くというラストライブまでを生き抜く日々は〈ぼくたちって、実はこんな生き物だったのか〉と思い知るには十分だった。

「Locoこと〈路子〉の視点で本作の最後を締め括ったのは、アーティストという存在が巫女的だと思うから。私は音楽が好きで、ライブもよく行くのですが、人気アーティストになると1対何万人という関係の中でその空間を制圧してしまう。それって物凄いことですよね。私自身も、全人類が死を迎える場面を筆1本で制圧するためには、音楽の力が必要でした」

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