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2020.12.01 11:00  週刊ポスト

斉藤和巳 あえて野球と向き合いストレス受け止める道選んだ

斉藤和巳が幾多の手術をしながら野球と向き合った日々について振り返る(時事通信フォト)

斉藤和巳が幾多の手術を経ながら野球と向き合った日々とは(時事通信フォト)

 元ダイエー(ソフトバンク)ホークス投手・斉藤和巳は、2006年に最多勝利・最優秀防御率・最多奪三振・最高勝率・最多完封の投手5冠を達成するなど、華々しい記録を残している。しかしその野球人生はケガとそのリハビリに苦しめられたものだった。現在は野球解説者として活躍する斉藤が、3度も手術しながら野球と向き合った日々について振り返る。

 * * *
 1996年、南京都高校3年時にドラフト1位指名を受けて福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)に入団し、17年間現役でプレーしてきました。ただ振り返るとまともにプロでプレーできたのは数年だけで、後はケガとの戦いの日々でした。

 肩の手術を合計3回やっています。最初は、プロ3年目に右肩間接唇の手術をしました。関節唇とは、肩関節が前後、上下にぶれないように支える働きをするところです。通常は骨にしっかりと付着しているが、少し伸びていたため手術で元の状態にしました。そのおかげでプロ入り7年目の2003年に20勝を挙げることができ、その年から4年連続二桁勝利、パリーグ史上初の沢村賞2度受賞と、数々のタイトルを手にすることができました。

 とはいえ肩が完全に元通りになったわけではありません。疲労もあったのか、また状態が悪くなっていきました。しかしこの頃にはエースとしての自覚も芽生えたし、チームが私を必要としてくれていたのもあり、「肩が壊れても手術・リハビリして復活すればいい」という覚悟を持って投げていました。

 しかし2008年1月に右肩腱板修復手術で再び戦線離脱。その2年後に3度目の手術。これは前回やった手術の経過が思わしくなかったための再手術のような形です。結局2度目の手術を受けた年から引退する年までの6年間は、リハビリに費やすことになり、最後まで一軍で投げることはできませんでした。

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