チワワの子犬たち。チワワに限らず子犬、子猫ほど人気が高い(イメージ)
「内金を今日入れてくれないとこの子、明日には○○店に移動なんですよ」
ずいぶん遠い店舗に移動の予定だが本当だろうか、セールストークとしてはちょっと強引だが、粗利は知らないが60万円でチワワが売れるならノルマの足しには十分なのかも知れない。他人の米びつに手を突っ込むなと言われることは承知だが、これは命の売買である。このチワワは生きている。小さな体でずっとこの店で頑張って生きてきた子だ。
「内金だって、誰か持ってるか?」
生体価格の一部ということで数万円。自分の財布を覗いた父親が家族に聞くがみな声は出さないところをみると持ってない。それにしても30代くらいの息子さん、プレゼントとはいえ自分の犬なんだから内金くらい出しとけと思うが所在なげにチワワを抱いているだけ。抱き方もちょっと危なっかしい。そのチワワはペコ(大泉門開存、頭蓋骨の形成が不完全なこと、チワワの幼犬には多い)と軽い鼠径ヘルニアがあると店員は説明していたので落としでもしたら怖い。その説明に「ずいぶん欠点あるんだな」と父親は腐していたが彼の年代的にはしょうがないかもしれないが言い方がちょっと。
「内金もカードでいけますか」
父親の小声にもちろんですと店員の表情が明るくなる。しかし先程の娘さんが「もう一回家で考えよう」と提案した途端、母親のほうも「そうね、高い買い物だし」と食い気味に同調した。父親がどこかホッとした様子で「すいません、そういうことで」と言うと店員の表情は豹変し「ネットでも売ってるんで、売れちゃうかもしれませんよ」「明日には○○店なんで、お別れになっちゃいますよ」と語気強くまくしたてるが「その時は縁がなかったってことで、すいません」と父親はバツが悪そうにあやまる。
「わかりました~↓。お待ちしてま~す↓」
あえて矢印など入れてみたが、それまでと明らかに違うトーンでぶっきらぼうに言い放つ店員、息子さんからチワワをささっと取り上げ、ショーケースに戻した。たぶんこの家族はお迎えには来ないだろう。高齢の両親が30代の息子のバイトが決まったお祝いに総額60万円のチワワ、他人の勝手と言われたらそれまでだが、現実の世の中はフィクションで片付かないほどにいろんな人がいる。
好きを語るより嫌いを語る
「だってペコあるしー、ヘルニアあるしー、○○には難しいよこの子はー」
○○は息子さんのこと。買わなかった手前、ちょっとした言い訳アピールもあるかもしれないが、娘さんの言うことはもっともだ。「他もいろいろ見て決めようね」と母親が息子さんに語りかける。息子さんはボソボソとなにかを言っていたが聞き取れなかった。お迎えがあったほうがチワワも店から出られるが、相手次第ではそうでないほうがいい場合もあるのかもしれない。しかし彼はどこかで別のチワワを買ってもらうだろう。複雑な心境だ。