ざっくばらんに言い放って意地悪な笑みを浮かべる。いろいろ事情があるのだろう。30代男のバイトが決まったから親がクリスマスにチワワ、コロナ禍でも家庭の事情は本当にそれぞれだ。別のペットショップではそのコロナの影響で抱っこ禁止だったが、ここは「どうぞ抱いてください」なので息子さんはずっと抱いている。
高くなるのはしょうがない。うちだけじゃない
それにしても60万円。その総額を店員が言った瞬間、息子さん以外の家族三人びっくりしていた。システム上のことは店舗がばれるので詳しく書けないのだが、そのチワワの生体価格はその半分くらい。表示価格にいろいろなオプションをつけると高額になるのはスマホキャリアの料金や紳士服チェーンのやり口だが、これは生体販売でも常套手段となっている。犬種や年齢、血統の良し悪し、その時々の流行り廃りにもよるし言い値の世界でもあるのだが、チワワの生体価格が30万円前後なのは相場としては妥当で、ブリーダーナビの調べでも約29万2700円である(2020年11月2日更新)。いま大人気のティーカッププードルなら60万円くらい平気でするが、チワワはサラ金のCMで人気を博した一昔前に比べると当時ほどの人気はない。生体価格に問題はないが、どうやらこの店は生体価格に今後、必要になるという名目のエサやケージや洋服といったペット用品、保証プランをつけることで利幅を取っている。それにしても生体価格の2倍とは。
「本体価格がこれでしょ、で、これとこれがプラスになるわけ?」
父親が渋い顔で見積書とにらめっこしている。店員はさすがに生体価格と何度も言い直していたが、父親の本体価格という言葉は日本の法律上まったく間違っていない。犬も猫も現行法では「物」である。そもそも民法はペットについて何ら規定していない。あえて規定とするなら「『物』とは、有体物をいう。」(民法第85条)だろうか。つまるところ「物」である。筆者も子供の頃は捨てられた子犬やうっかり生まれた雑種を飼ってきたし、専門ブリーダー経由で繁殖犬にされる寸前の子や、1年近く残った子をお迎えし、ときに看取ってきたので釈然としないが、筆者にとって我が子でも日本国では「物」だ。
刑法もペットの規定はないため、民法上の「物」という判断と同様となるために「器物損壊罪」(刑法261条)なのだ。近年は動物傷害罪と言い換える向きもあるが、言い換えられているだけで刑法上は「物」である。そしてこれは飼い主の虐待には適用されない(被害者による親告罪のため)。そこは動物愛護管理法の出番となるが、その罰則は懲役1年10月執行猶予4年で済んだ猫13匹虐待死傷事件のように限りなく軽く、劣悪な環境で犬猫を飼育していると刑事告発された栃木県・矢板の引取り屋事件のように不起訴の可能性すら高い。なぜなら繰り返すが日本では犬や猫は法律上「物」だからだ。
「どうしようか」
父親の声が娘さんに飛ぶ。彼女はすでに結婚していて両親とは別に暮らしているそうで、そこで犬も飼っているそうだ。それなりに詳しい娘さんが駆け寄って「ワクチンこんなにしないよー」と突っ込む。店員の男は慣れたもので、
「息子さんにとてもなついてますね。大好きなんでしょう。それにいま本当に数も少ないから高くなるのはしょうがないんです。うちだけじゃないです」
それについては娘さんも「犬、いま高いですよねー」と同意していた。コロナ禍のペットブームでどの犬も猫も信じられない高値がついている。2020年6月の改正動物愛護法施行以降、ブリーダーもかつてほどの無茶をしなくなった。じつは2018年ごろから犬や猫の価格は上がり始めていた。SNSの普及で動物愛護団体が発信や告発をし易くなったことも要因だろう。それにコロナ禍のステイホーム、在宅志向の広まりが「犬でも飼うか」「猫でも飼うか」に追い打ちをかけた。