豪華な新居に引っ越したばかりの三崎氏
稼いだ1億円を投資で失う
だが、その後三崎氏は、会社運営の要とも言える人材面で苦労することになる。
「それまで、自分の周りにいた友人に声をかけて事業を運営してきましたが、彼らは自分と同じ高校生。最初のうちは面白がって手伝ってくれましたが、しばらくすると仕事を放り出して遊ぶようになった。目の前に大きなチャンスがあるのになぜ掴もうとしないのか、当時の自分には全く理解できず、衝突することが増え、仲間たちはどんどん離れていきました。
経営者の知り合いもおらず、相談する相手もいない。そもそも当時、札幌には20代で起業している人もほとんどいなかった。東京に行けば、自分と同じような経営者や同じ価値観の仲間が見つかるんじゃないか、もっと広い世界を見てみたい、そう思うようになり、東京行きを決めました」
東京・原宿の竹下通りにオフィスを借り、再びアフィリエイトの事業をスタートさせた三崎氏。しかし、東京での人材獲得はさらに厳しいものだった。
「採用面接をしても、ぼくより年上で高学歴の人がほとんど。大学はおろか高校すら卒業していないぼくについて行こうという人は少なく、なかなか人が集まりませんでした。入社してもらっても、打ち合わせなどの場でぼくが何か発言する度に、舐めた態度を取られることはしょっちゅうありました。
そんな時、ぼくの心をへし折る決定打になったのが、信頼していた数少ない役員に裏切られたこと。社内の機密情報をライバル企業に売られそうになったんです。仲間を求めに東京に出てきたけど、馬鹿にされ裏切られ、せっかく東京に出てきても孤独な状況は変わらず、すっかり人間不信になってしまった。会社を続ける気力を無くしたぼくは、しばらく経営から離れ、会社を休眠させることにしたんです」
幸い三崎氏の手元には、それまでコツコツ貯めた約1億円の資金があった。それだけあればしばらくは何もしなくても暮らせる。普通の人なら、その1億円を出来るだけ減らさないよう努めるだろう。しかし、三崎氏の場合は真逆だった。
「会社を休眠してしばらくは部屋にこもり、株やFX、企業分析の勉強をして過ごしました。ただ黙々と数字と向き合い、誰とも会わず、引きこもりの生活です。一人で家にいれば誰に傷つけられることもない、ずっとこんな感じでのんびり暮らしたいな…そう思ったぼくは一生分のお金を稼ぐため、貯金していた1億円を全額投資につぎ込んだんです」
だが、金融の世界のスピードは想像以上に速く、短期間で大きくリスクを取っていた三崎氏は結局失敗。あっという間に無一文になってしまった。
「比較的緩やかに状況が変化する事業経営と違って、金融の世界はぼくには向いていませんでした。死ぬ思いをしてやっと稼いだ1億円なのに、振り出しに戻ってしまった。しばらくは絶望していました。でも、資産を全て失ったら、またゼロからやり直すチャンスかもしれない、そんな爽快感が不思議と沸いてきたんです」