みずほ銀行の母体は渋沢が設立した日本最初の銀行だった(時事)
しかし、渋沢の教えは高度経済成長期や、その後のバブル期には影が薄かったのも事実です。企業が勃興していく時代には渋沢の考えは重要な役割を果たしましたが、既存の企業が軌道に乗って力をつけていく時代には、それこそ財閥系のように組織力で動くほうが成長が著しかったのです。日本的経営の特徴のひとつが株式の相互持合いですが、まさに財閥的な手法であり、バブル期までは大いに強みを発揮しました。それに対して渋沢が目指したのは開放的な経営です。広く株主を募り、それで株主総会が紛糾すれば、すすんで調停役を買って出たのが渋沢でした。バブル崩壊後に、ホリエモンや村上ファンドが登場して「物言う株主」が注目された時代から、少しずつ渋沢への関心が高まったのもうなずけます。
渋沢は、「儲けることは下品でも悪いことでもない。むしろ社会道徳や経済の発展に役立つものだ」という価値観を持っていました。倫理と利益の両立を目指すというその理念は、現代の企業こそ見習うべき点が多いと言えるでしょう。
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『週刊ポスト』(2月26日発売号)では、渋沢が設立した企業の「今」と「盛衰」を専門家がそれぞれの視点で分析している。そちらもぜひご覧いただきたい。