駐輪場は増えたが……(イメージ)
もともと自転車のマナーは最悪だが、長引くコロナ禍で不機嫌な人ばかり。一生こんな世界を生きるのか ―― 自分の人生、コロナにせっかくのチャンスを潰された人もいるだろう。それでなくとも朝令暮改の国や自治体の対応、いつ終わるともわからない自粛と同調圧力、鬱屈するのは無理もない。だからといって逆らえない立場の相手に八つ当たりは筋違いだ。
「住民に嫌な顔されて、罵倒されて……もう長くないのに、人生の最後がこれってつらいね」
仕事があるだけマシなんだ
報われない仕事 ―― というのが世の中には存在する。放置自転車監視員はまさにそれかもしれない。大昔のようにふんぞり返った元公務員のお小遣い稼ぎではない。田中さんはかつて破綻した準大手ゼネコンの総務部にいたという。紆余曲折を経てこの仕事についた。それ以上のことは話してくれないが、この時代、長生きするということはリスクばかりということか。とても他人事、自己責任とは思えない。団塊世代がこれでは、団塊ジュニアから下の老後はどうなってしまうのだろう。「70歳まで社畜」どころか「死ぬまで社畜」でいられるなんて、むしろラッキーかもしれない。それほどまでに高齢者の再就職は厳しい。またいわゆる「おっさん」高齢者の仕事は本当に限定される。まして多くは肉体労働、健康であることが大前提だが、基礎疾患を隠して働く高齢者も多い。
「本当に仕事があるだけマシなんだ。仲間の中には3月末で切られる人もいるからね、若い人が来ると替えられちゃうからさ、私も時間の問題だ」
田中さんによれば、このコロナ禍でもっと若い人がこの放置自転車監視員に応募してきているという。若いといっても60代だが、70代を雇うよりは60代というのが現実だ。50代の応募もあるという。厚生労働省の毎月勤労統計調査によれば2020年のパートタイム労働者の比率は1990年の調査開始以来、初めて低下した。もちろん正規社員になれたわけではなく、多くは失業しただけだ。総務省によると2020年の非正規社員は2090万人と75万人減少した。こちらは正社員が36万人増えたがその大半は若者であり、主婦や高齢者がはじき出された格好だ。3月末で切られる田中さんの仲間もそれだ。
「でも切られたほうが覚悟を決められていいかもね、去年の夏なんか立ってて一人死んじゃったからね、あんな死に方は嫌だね」
昨年の夏、放置自転車監視員の仲間が駅前で倒れ、しばらくして帰らぬ人となったという。午前、午後の短時間とはいえ、70歳過ぎて炎天下の外仕事は厳しいだろう。筆者も昨年、日野駅近くの銀行前で倒れた放置自転車監視員を目撃している。救急車で運ばれた、あの老人はどうしただろう。あれは大半の日本人の未来ではないか ―― 悲観的過ぎるだろうか、いや、ただでさえ生涯ストックの少ない団塊ジュニア、老後を安穏と過ごせる者など多くはないと思うのだが。
田中さんいわく「嫌われ者(もん)」の放置自転車監視員 ―― コロナ禍の鬱憤を一身に受け、それでも生きるために働かざるを得ない田中さん。確かに態度の悪い監視員もいる。駐輪場を整備しないのが悪い、あっても駅から遠いのが悪いのかもしれない。だからといって彼らを邪険に扱う理由にはならない。これはエッセンシャルワーカーに悪態をつく連中すべてに言える。
コロナ禍、こうした「分断」を個々人が正さなければ、これからも為政者とその尻尾(とくに派遣屋は大喜び)の思うがままだ。
【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、新俳句人連盟賞選外佳作、日本詩歌句随筆評論協会賞評論部門奨励賞受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)、近日刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太に愛されたコミュニスト俳人 』(コールサック社)