「死に体」になっている旅館には共通項がある
そうした思いは、小原氏が「典型的な“家業をつぶす、ダメな三代目”だった」ことに起因する。フラフラしていた20代のころ、二代目社長だった父親の判断で旅館から放逐され、ようやく自身の甘さに気づいた。
「だから、余計にわかるんですよ。危機感を持たなくなったらおしまいだということが」(小原氏)
そして小原氏は、当時、和多屋別荘の再生に携わっていたコンサルタントのもとで修業し、独立。さまざまな旅館の再生に尽力したあと、2013年、和多屋別荘に三代目当主として呼び戻された。このとき、小原氏は35歳。
「再生コンサルタント時代はトータルで400軒くらい調査し、70軒ほどの旅館と契約して再生のお手伝いをしました。そこで実感したのは『死に体になっている旅館には共通項がある』ということでした。料理はゲストのニーズを捉えていない、清掃が行き届いていない、経営者や一族の経営感覚が旧態依然としている……と、基本的には全部ズレている。あと、後継者が祖父母や両親が築いてくれた信頼や実績をあてにするばかりで、真剣さを持ち合わせない甘ちゃん、という例も多いですね」(小原氏)
要は「問題意識を持たず、景気がよかった時代の価値観を変化させることができない」旅館が傾いていく厳しい現実を、小原氏は目の当たりにしてきたのだ。
小原氏が社長に就任した当時、和多屋別荘は経営危機に直面していた。そこで小原氏は「すべてを変える」覚悟で、さまざまな改革を断行。
大規模なリノベーションで館内空間をアップデートしたり、顧客に喜んでもらえる企画や細やかなサービスを実践したりといった当たり前の打ち手はもちろんのこと、グループウェアをリプレイスして従業員のコミュニケーションを活性化するなど、ワークフローも大幅に変更。いまこの旅館で何が起きているかを可視化することで価値観を共有し、スタッフがそれぞれの立場で当事者意識を持つよう促した。無駄な会議もなくした。
そうして和多屋別荘を、どんな難局にも一丸となって柔軟に立ち向うことができる、“戦える”組織へと刷新し、3億5000万円もの未払い金を抱えて火の車だった財務状況を改善。社長就任から30カ月で未払い金を解消し、経営を立て直した。
「経営において、私が社長就任当時から現在に至るまで強く意識しているのは、イノベーションです。変化を恐れることなく、絶えずイノベーションを起こしていかなければ、組織はやがて弱体化していきます。温泉旅館も同じ。さらにいえば、地域──嬉野温泉という土地全体でイノベーションを起こしていく必要があると、私は考えています」(小原氏)。
小原氏は行政や地元の有志メンバーに呼びかけて、嬉野温泉のブランディングにも着手。「ティーツーリズム」をコンセプトにした誘客施策などを組み合わせ、嬉野の魅力をより多くの人に知ってもらおうというプロジェクト「嬉野茶時(ちゃどき)」を2016年にスタートさせた。
「嬉野には“日本三大美肌の湯”に数えられる温泉、400年以上の歴史を持つ肥前吉田焼という磁器、そして500年前より栽培されている良質な嬉野茶という伝統的な資産があります。この3コンテンツを融合させて、お客様にわかりやすく提供できるようなパッケージをつくりたかったんです」(小原氏)