一過性の地域再生では意味がない
株式会社イノベーションパートナーズ代表取締役の本田晋一郎氏
この「嬉野茶時」でプロモーションを担当したのが、イノベーションパートナーズだった。小原氏と本田氏は、ここで邂逅を果たす。そしてこの出会いこそが、後に“温泉旅館のサテライトオフィス”、さらには“温泉旅館でワーケーション”という新しい取り組みへと発展していくことになる。
「単純に、私が嬉野温泉にハマってしまったことがきっかけ。仕事を通じて嬉野を訪れるうちにどんどん魅了されて、プライベートで家族を連れて何度も訪れるようになっていきました」(本田氏)
小原氏は本田氏の言葉を受け、こう続ける。
「あるとき、本田さんがポロリと口にした『この環境で仕事ができたら最高だな。ここがそのまま職場だったらいいのに』みたいな言葉が出発点なんです。そこから2人で話をしていくなかで、ぼんやりとサテライトオフィス事業の輪郭が見えてきました」(小原氏)
小原氏は「本田さんがまとめてくれた企画を受け入れただけ」というが、本田氏は「そうした小原氏の柔軟かつ素早い判断姿勢に大きな可能性を感じた」ことが、ぜひ協業してみたいと考えたいちばんの理由だと振り返る。
「おそらく全国には、和多屋別荘と同じような規模感、クオリティ、伝統を持つ温泉旅館がいくつかあるでしょう。でも、小原さんのように考えられる旅館当主は何人もいないと思う。
ずっと大切にしてきた客室をオフィスワークに対応できるよう改装して企業を誘致するなんて、抵抗感を抱いて当然です。でも、小原さんはすぐに『イエス』と返せる。
私はこれまで、各地の地域創生事業に参画し、さまざまな事例を見てきました。和多屋別荘のように柔軟な事業者が地域にしっかりと根差して、中心的に旗振りをおこなってくれるのであれば、地域活性が一過性の盛り上がりだけで終わってしまうことなく、永続性の面でも十分に期待ができます」(本田氏)
なによりも小原氏の掲げる“変化し続ける温泉旅館”というコンセプトは、本田氏をワクワクさせた。
「和多屋別荘を見て、雄大な敷地や、伝統を大切にしながらも現代的で洗練された施設のつくり、行き届いたサービスなど、旅館としてのクオリティの高さに感銘を受けたのはもちろんですが、小原さんは常に『まだ不十分』『もっと変えていける』と意欲的。老舗でありつつ、常に新しく変化することを厭わない姿勢が本当に衝撃的でした」(本田氏)
イノベーションパートナーズは、2020年3月、嬉野市と進出協定を締結し、同年4月、和多屋別荘が手掛けるサテライトオフィス事業の1社目として、館内に嬉野アジアヘッドオフィスを開設する。日本初の老舗温泉旅館内サテライトオフィスが誕生した瞬間だった。
(取材・文/漆原直行)