権力の中枢ほど弱い人が多い
それにしてもこの作品で異色なのは、町田南署の署長で、警部補時代には相原事件も手がけた〈冴木〉の造形だ。ここは物語の性質上、ある私怨を捜査に持ち込んだと書くに留めるが、そんな彼に美貴が恋心すら抱くことには、正直、違和感を拭えない。
「確かに。でも恋は落ちるものだし、権力の中枢ほど弱い人が多い感じが私はする。森友事件でもあんな改竄、普通なら拒む人がいそうなものなのに、むしろ組織でやってしまう。そもそも日本は同調圧力に弱く、全員が同じ意見だといいクラス、みたいな面がある。
私は99匹になりきれない1匹の黒い羊に向けて小説を書いているつもりで、冴木のようなキャリア以外の生き方を選び得なかった、優秀だけど弱くて脆い人も、複雑でいいなと、個人的には思っちゃうんです。この弱さ、惚れちゃうかもなって(笑い)。逆に言うと、弱い人間が権力を握り、無実の人間を殺しかねない怖さを小説だから書けたともいえて、やはり彼は弱くてよかったんです(笑い)」
冴木に限らず、本書では小さな悪意や保身をあえて点在させた印象すらあり、1つ1つは些細な嘘が冤罪を生みだす構図を否応なく描く。その象徴が〈お前の中にもヒトラーはいる〉という、冴木がポーランドの老人に言われた言葉だろう。
「死刑の是非はともかく、これほど不可逆的な刑罰をこれほど弱い人間が下し、執行経緯も開示しないのは、やはり問題だと思うんです。本作にも真っ白な人は誰もいませんし、誰もが弱くて狡くてグレーな中、制度に頼らなくとも人は人を赦し、〈憎しみの悪循環〉を断てるかを考えたかった。互いを赦し、助け合うことでしか人間は生きられないから、たぶん私はこの物語を書いたんです」
小説を書く時も出発点は常に旺盛な「問題意識」だ。
「怒りや『?』を原動力にこれからも青臭く、書き続けていきたい(笑い)」
その在庫は当分尽きそうにない。
【プロフィール】
水野梓(みずの・あずさ)/1974年生まれ、東京出身。早稲田大学第一文学部とオレゴン大学ジャーナリズム学部を卒業後、日本テレビ入社。警視庁や皇室担当、社会部デスク、中国総局特派員、『NNNドキュメント』ディレクター等を歴任し、現在経済部デスクとして財務省と内閣府を担当。BS日テレ『深層NEWS』金曜キャスター。NNNドキュメント’14『反骨のドキュメンタリスト~大島渚「忘れられた皇軍」という衝撃』でギャラクシー賞月間賞。8歳の息子を持つ母親。160cm、A型。
構成/橋本紀子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2021年5月21日号