『男はつらいよ』が公開された1969年は高度成長の真っ只中。競争社会に突入する中で、山田はあえて《出世やお金儲けには縁のない、何の取り柄もない寅さん》を主役に据えた。佐藤が山田との最初の出会いを振り返る。
「俺は3時間くらい遅れて行ったんだけど、全然怒っていなかった。俺のちょっと捨て鉢なところを気に入って使ってくれたのかもしれない」
第10作『寅次郎夢枕』(1972年)では、山田は佐藤の妻を「おてんばのさっちゃん」という花嫁役として出演させた。
「撮影の後、『衣装部で着替えてこい』って言われて行くと、花婿の衣装が用意されててね。撮影所のセットで結婚式の記念撮影をしてくれたんです。俺が金がなくて結婚式を挙げてないのを渥美さんから聞いてたらしい。監督には『奥さんを大事にしろよ』って言われた。俺は女好きだったから」
佐藤はそう言って笑顔を見せた。渥美と山田の人生観なくして、観客を優しい笑いに包み込む“フーテンの寅さん”は生まれなかっただろう。
※週刊ポスト2021年7月30日・8月6日号