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60代女性記者 茨城の閑散とした街で感じる「密を避けて」の虚しさ

「密」

東京を離れたオバ記者が「密」について考えた(写真はイメージ)

 新型コロナウイルス感染拡大の影響は日本全国に及んでいるが、地域によってその捉え方も異なるだろう。『女性セブン』のアラ還名物ライター“オバ記者”こと野原広子は、この8月に東京から実家がある茨城県に移り住んだ。オバ記者がコロナ禍の茨城で思ったこととは……。

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 コロナ禍だ、ワクチンだ、変異ウイルスだ。あぁ、もうウンザリだわ。

 東京都の感染者数は5000人前後を行ったり来たりして、知り合いの知り合いに感染者が出たという噂が聞こえてくる。そのうち知り合いも? と思うと、何とも言えない気持ちだ。

 私は8月初めから東京を離れ、茨城の実家に帰っている。「コロナ疎開?」と聞かれ、とっさに「まさか~。母親の介護だよ」と笑っていたけど、考えてみたら病院や施設のお見舞いが禁止になっていなかったら、自宅介護を買って出たりしなかった。そういう意味では私もコロナ疎開と言えなくもないかもね。

 でも、そのかいあって、1か月前に体の自由も言葉も表情までもなくして退院してきた母親は、往診にきた担当医が「医学では解明できません」とかぶりを振るほどの回復ぶりだ。

 おむつ交換を終えた私に「お世話さま」と労いの言葉をかけたり、好物のところてんの酢加減を指示したりと、なかなかの因業バアさまぶりを発揮している。

 三度三度の食事の用意やシモの世話で明け暮れている自分を、時々「何してんだ?」と、田舎の静かな夜更けに考えたりするし、大変といえば毎日が大変。だけど、最もキツいのはそんなことではなくて、人とのふれあいが限られたことなんだよね。

 自宅介護は多くの人の手を借りる。総合案内係のケアマネジャー、医学知識を持った訪問看護師、介護を直接手助けしてくれるヘルパー、自宅入浴をしてくれるスタッフなどなど。誰かが毎日わが家にやって来て、それぞれの役割を果たしてくれている。

 介護の最大のパートナーとなっている弟夫婦はほぼ毎日顔を出してくれるし、幼なじみの友達も「どした~?」と様子を見に来る。人とのつながりがないどころか、わが生涯を振り返っても、これほど大勢の人に助けられたことはないと思う。

 しかし私、この1か月、一度も誰かと食卓を囲んでいないの。コロナ禍で介護をしている私は誰かと食事に行く余裕がないし、誘ってくれる人もいないんだわ。

 で、どんな食生活をしているかというと、母親用に用意したご飯の残りものを丼にのせたものをかっこんでいる。夜は缶ビールを1本飲んで、ありあわせのものを食べて寝る。

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