考え抜いてこそのブレークスルー
こうして1974年、創業2年目の同社の電話番から始め、プロ野球の中止時に備えた〈雨傘番組〉でディレクターデビューを飾った伊藤は、『びっくり日本新記録』や『スターマル秘訪問!!』(マル秘は、○内に『秘』)等々で力を発揮。が、その企画力を見込まれた正月特番で視聴率6%と大惨敗を喫し、日本テレビを出入り禁止に。新天地を東京12チャンネル『日曜ビッグスペシャル・いじわる大挑戦』等に求め、さらなる限界に挑むのだ。
「たこ八郎さんに東大生の血を輸血するとか、稲川淳二さんにワニの歯を磨かせるとか、今だったら絶対あり得ないですけどね。
『全裸監督』があれだけ世界的関心を集めたのも、人が一生懸命生きてる姿って時にコミカルに映るからだと思うんです。当時はコンプライアンスという言葉自体なかったし、ひたすら面白い番組を作ることに情熱を傾け、それでいて芯の部分に哀愁や愛があるのが伊藤流演出術だと、元側近中の側近、松崎俊顕さんも証言していた。
最近はフランスや中国からも村西とおるを取材に記者が訪れ、『こんなにセクシーな人がいたなんて』と驚かれるらしいんですが、今では珍しい剥き出しで滑稽なくらいの熱量が、当時のバラエティにもあったんだろうと」
当時その下には先述した土屋Pや後の高橋がなり氏など錚々たる面々がおり、証言内容も読み応え十分。テレビに限らず社会全体が寛容だった時代と正しさに雁字がらめな今とを比べ、つい羨みたくなるが、伊藤氏当人はそうでもないとか。
「流行を否定しないし、常に最先端の売れてる人を評価する一方で、30年近く前に、これからは金正日がくる! と日本ではほとんど知られていなかった人物に注目する。さすがに早すぎると思った『お笑い北朝鮮』(1993年)もあれだけ売れた。
伊藤さん自身が、大谷のようにテレビと本の二刀流ですし、本書に登場する人は全員、仕事に関しては誠実なんです。本来怠惰な私ですら時間を忘れて書き、いわゆるゾーンに入る瞬間はある。過剰労働を強いていいとは言いませんが、自分に圧をかけ、とことん考え抜いてこそブレークスルーは訪れ、彼らのように誠実に狂うこともできる、とは思います」
当初は演出家の自分語りを恥じ、「俺が死んだら何を書いてもいいよ」と言っていたという伊藤が、〈みんな、おれのこと語るっていっても、自分なんだよね〉〈自分の青春もオーパーラップしてる〉と本書を冷静に評する辺りはさすが。そこにはテレビやこの国の青春までが透けて見えるのだから。
【プロフィール】
本橋信宏(もとはし・のぶひろ)/1956年所沢市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。フリーライター、写真誌『スクランブル』編集長、クリスタル映像スタッフを経て、1985年に『「全学連」研究』を上梓。『裏本時代』『素敵な教祖たち』等、サブカル系の人物評伝で注目され、2016年刊行の『全裸監督』は2019年にNetflixで映像化。今年6月にシーズン2も世界同時配信され話題に。『東京最後の異界鶯谷』等の街歩きシリーズも好評。近々歌舞伎町編が刊行予定。170cm、69kg、AB型。
構成/橋本紀子 撮影/朝岡吾郎
※週刊ポスト2021年9月17・24日号