ドライブ・マイ・カー

カンヌ国際映画祭で日本初の脚本賞を受賞(C)2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

 西島といえば、大の映画ファンとして知られる。クラシックからアートにいたるまで、彼が古今東西、世界中の映画を愛していることは有名だ。また、諏訪敦彦監督(61才)や黒沢清監督(66才)、北野武監督(74才)などの世界的な名匠の作品や、映画玄人向けの作品にも数多く出演してきた。2011年に公開されたイラン出身のアミール・ナデリ監督による『CUT』では、映画を深く愛する青年を演じ世界を熱狂させた。西島といえば、もともと多くの映画ファンの支持を得る生粋の“映画の人”なのである。

 本作で演じる家福役は、テレビドラマで西島が見せるキャラクターたちと比べると、感情を観客に分かりやすく伝えることをほとんど禁じられているようにも思うため、すぐに理解するのが難しいかもしれない。しかし、本作で見せる佇まいや終始浮かべるくもった表情は、役の内面を豊かに物語り、お茶の間で見せる顔とは全くの別物だと気付かされる。

 例えば『おかえりモネ』で言えば、表情、セリフの調子一つを取っても、西島の演じるキャラクターがどんな感情を抱いているのかが端的で分かりやすい。これは1話あたり15分しかなく、そのうえ多くの登場人物が入り乱れる朝ドラ特有のものでもあるだろう。脇役は毎回登場するわけではない。あくまでもヒロインが物語の中心で、そんな彼女とどんな関係にある人物なのかを示すのが重要だからだ。これは、よりパフォーマンス性を重視した“演技らしい演技”と呼べるものだと思う。

 それに対して『ドライブ・マイ・カー』での西島は、先に述べたように、大きな表情の変化を伴うようなあからさまな感情表現は排除している。こちらは差し当たり“演技らしくない演技”とでもしておこう。そもそも本作は孤独な男の姿を見つめたもので、カメラは上映時間のうちの多くを、西島の顔をじっくりと捉えている。物語が進むごとに彼の表情は変化してくが、それは非常に繊細なもの。朝ドラの15分内で“示さなければならないもの”と、179分内で“示そうとするもの”は大きく異なるのだ。カメラの向こう側に立つ演出者=監督と長い時間をかけて向き合い、信頼関係を築き上げてこそ生まれる表現なのではないだろうか。

 これは、劇場のスクリーンでなければ決して堪能出来ないもの。お茶の間に向けたものとは大きく異なる表現で観客を魅了している。「この西島秀俊を見たかった」と涙したのは、筆者だけではないだろう。

【折田侑駿】
文筆家。1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。

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