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2021.09.16 16:00  週刊ポスト

丸谷才一、野坂昭如、伊丹十三…今も残る文壇バー「ザボン」と文士の歴史

文壇バー「ザボン」の水口素子ママ(撮影/高橋定敬)

文壇バー「ザボン」の水口素子ママ(撮影/高橋定敬)

 かつて政財界の大物や芸能人、プロ野球選手などが足繁く通い、今なお日本一の繁華街として君臨する銀座には、昭和の「文壇バー」の系譜を守っている店がある。店名は小説家・丸谷才一によって名付けられ、芥川賞選考会後には祝賀会が開かれる店として知られる「ザボン」だ。水口素子ママは「おそめ」系列の「眉」の出身者で、銀座歴は49年目。文壇バーの記憶と、激動の今を語る。

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 丸谷先生には周年記念や季節のイベントの案内状や混雑でご入店をお断わりしたお客様へのお詫び状もサラサラっと書いていただいたり、本当にお世話になりました。野坂昭如先生とも親しくしておられ、よく一緒にお見えになりました。

 当時話題だった吉田満先生の『戦艦大和ノ最期』の話になった時なんか野坂先生は「あれは犬死だった」と言い、評論家の粕谷一希先生は「決して犬死ではない」と午前3時まで議論が白熱していました。丸谷先生は黙って聞いていましたが、後日「あれは録音すべきだった」と仰られていた。このお店ではそんな貴重な議論が繰り広げられることが多々ありました。

 もちろん楽しいこともありましたよ。野坂先生が酔っ払ってご自身が作詞された「伊東へ行くならハトヤ~♪」なんてご機嫌に歌ったり、他愛のない下ネタで笑わせり。作家さんだけでなく、政治家の福田康夫先生なんかも長く通ってくださっています。

 映画監督の伊丹十三さんにエリート男性との結婚願望を話したら、伊丹さんは「銀座の女には不幸の影がないといけない。あんたが幸せな女だったら誰が店に来るんだ」と嗜められたことも。おかげで今も独身です(笑)。

「銀座で死にたい」

 ひと言で文壇バーといってもお客様の棲み分けがあります。たとえばうちには芥川賞にまつわるお客様が、「数寄屋橋」さんには直木賞にまつわるお客様がいらっしゃる。かつて私が勤めた「眉」は両方の先生方がいらっしゃいましたが、眉がなくなってからは自然と棲み分けられたのです。

 実は銀座の再開発の影響で今年11月にお店を移転し新装開店するのですが、それに伴ってお店の形態もガラリと変えます。かつて吉行淳之介先生から「文壇バーなんて儲からないしカラオケでも入れたら」と言われた時には笑ってスルーしましたが、新装開店時にはお昼も営業しカラオケを導入して色んな方に楽しんでもらおうかと。どんな形になっても死ぬまで銀座で頑張りたいと思っています。

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