ライフ

平成生まれの伊吹亜門氏 新作の舞台はなぜ「昭和10年代の満州」なのか

伊吹亜門氏が新作を語る

伊吹亜門氏が新作を語る

【著者インタビュー】伊吹亜門氏/『幻月と探偵』/KADOKAWA/1925円

 同志社大学ではミステリ研究会に所属し、4回生の時、「卒業記念に応募した」一作入魂の短編、「監獄舎の殺人」で第12回ミステリーズ!新人賞を受賞。同作を連作化した『刀と傘』では幕末~明治初期の京都を、最新作『幻月と探偵』では昭和10年代の満洲を舞台に、本格推理+近現代史を見事融合させた点に、平成3年生まれの俊英、伊吹亜門氏の手柄はあるといえよう。

 主人公は哈爾浜埠頭区の裏路地に事務所を構える、孤高の探偵〈月寒三四郎〉。ある冬の午後、〈黒光りする箱型自動車〉で乗り付けた男から、〈ここはひとつ、手っ取り早くいこう〉〈月寒三四郎は、探偵として優秀なのかね〉と切り出された月寒が、〈貴方の名前は椎名悦三郎、役職は満洲国国務院産業部の鉱工司長だ〉と、相手の素性や依頼主を彼の上司・岸信介だと見抜き、答えに代える、冒頭の数頁からしてワクワクする。

 尤もそのホームズばりの眼力には裏があり、椎名の名刺を予め入手した上でのハッタリだったことが明かされるのだが、探偵に必要なのは洞察力や胆力以上に〈人に記憶されない平凡さのようだ〉と謙遜する彼こそは、満洲の光と影を穿つ格好の案内人でもあった。

「私はミステリ用語でいうところのホワイダニット、つまり動機やなぜを中心に据えた作品が元々好きで、自分でもHowよりはWhyの人間心理に根差した物語を描いていきたい。その心理がより剥き出しになるのはやはり混沌とした動乱期だろうと、第1作では幕末明治を描き、今回は満洲を舞台に選びました。

 特に歴史好きというわけではないんですが、子供の頃は阿川弘之先生の海軍提督三部作を読んだり、抵抗感は少ない方だと思う。世代的に太平洋戦争や満洲に関しては『=悪』としか教わってこなかったので、街並みや下水道が整備され、セントラルヒーティングや各種文化施設など、光も影も両方あった満洲の姿に触れられたのは、個人的にも大きな収穫でした」

 時は昭和13年。協和会の甘粕正彦が推すこの探偵が、要はお眼鏡に適ったということだろう。椎名から特急あじあ号の切符を手渡され、新京に飛んだ月寒は、先頃急逝した秘書〈瀧山秀一〉の死の真相を究明するよう、国務院の役人である岸から直接依頼を受ける。

 瀧山は奉天会戦の元英雄〈小柳津義稙〉邸で開かれた晩餐会に出席後、体調に異変を来し、原因は遅効性の毒、リシンと見られた。が、義稙の孫〈千代子〉との婚約をその場で披露した瀧山と出席者の間に殺意を抱くまでの接点は見出せず、仮にそのうちの誰かが毒を盛ったとして、どうすれば瀧山だけに毒を盛れるのか。

 しかも小柳津家には〈三つの太ヨウ(ヨウはこざとへんに日)を覺へてゐるか〉と1行だけタイプされた銃弾入りの脅迫状が届いており、狙われたのは今の軍部に批判的な義稙ではないかと案じる千代子や、〈関東軍の連中に小柳津義稙を殺せる筈がない〉と気になることを言う椎名など、月寒は関係者の証言を地道に収集する。その彼の少々優柔不断な造形がいい。

関連記事

トピックス

“令和の小泉劇場”が始まった
小泉進次郎農相、父・純一郎氏の郵政民営化を彷彿とさせる手腕 農水族や農協という抵抗勢力と対立しながら国民にアピール、石破内閣のコメ無策を批判していた野党を蚊帳の外に
週刊ポスト
緻密な計画で爆弾を郵送、
《結婚から5日後の惨劇》元校長が“結婚祝い”に爆弾を郵送し新郎が死亡 仰天の動機は「校長の座を奪われたことへの恨み」 インドで起きた凶悪事件で判決
NEWSポストセブン
6月2日、新たに殺人と殺人未遂容疑がかけられた八田與一容疑者(28)
《別府ひき逃げ》重要指名手配犯・八田與一容疑者の親族が“沈黙の10秒間”の後に語ったこと…死亡した大学生の親は「私たちの戦いは終わりません」とコメント
NEWSポストセブン
「最後のインタビュー」に応じた西内まりや(時事通信)
【独占インタビュー】西内まりや(31)が語った“電撃引退の理由”と“事務所退所の真相”「この仕事をしてきてよかったと、最後に思えました」
NEWSポストセブン
伊勢ヶ濱部屋に転籍した元白鵬・宮城野親方
【元横綱・白鵬が退職後に目指す世界戦略】「ドラフト会議がない新弟子スカウト」で築いたパイプを活かす構想か 大の里、伯桜鵬、尊富士も出場経験ある「白鵬杯」の行方は
NEWSポストセブン
ブラジルを公式訪問される佳子さま(2025年6月4日、撮影/JMPA)
《ブラジルへ公式訪問》佳子さま、ギリシャ訪問でもお召しになったコーラルピンクのスーツで出発 “お気に入り”はすっきり見せるフェミニンな一着
NEWSポストセブン
「日本人ポップスターとの子供がいる」との報道もあったイーロン・マスク氏(時事通信フォト)
イーロン・マスク氏に「日本人ポップスターとの子供がいる」報道も相手が公表しない理由 “口止め料”として「巨額の養育費が支払われている」との情報も
週刊ポスト
中居の女性トラブルで窮地に追いやられているフジテレビ(右・時事通信フォト)
《会社の暗部が暴露される…》フジテレビが恐れる処分された編成幹部B氏の“暴走” 「法廷での言葉」にも懸念
NEWSポストセブン
渡邊渚さんが性暴力問題について思いの丈を綴った(撮影/西條彰仁)
《渡邊渚さん独占手記》性暴力問題について思いの丈を綴る「被害者は永遠に救われることのない地獄を彷徨い続ける」
週刊ポスト
 6月3日に亡くなった「ミスタープロ野球」こと長嶋茂雄さん(時事通信フォト)
【追悼・長嶋茂雄さん】交際40日で婚約の“超スピード婚”も「ミスターらしい」 多くの国民が支持した「日本人が憧れる家族像」としての長嶋家 
女性セブン
母・佳代さんと小室圭さん
《眞子さん出産》“一卵性母子”と呼ばれた小室圭さんの母・佳代さんが「初孫を抱く日」 知人は「ふたりは一定の距離を保って接している」
NEWSポストセブン
違法薬物を所持したとして不動産投資会社「レーサム」の創業者で元会長の田中剛容疑者と職業不詳・奥本美穂容疑者(32)が逮捕された(左・Instagramより)
《レーサム創業者が“薬物付け性パーティー”で逮捕》沈黙を破った奥本美穂容疑者が〈今世終了港区BBA〉〈留置所最高〉自虐ネタでインフルエンサー化
NEWSポストセブン