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「小室圭さんに会った」出川哲朗の奇跡? 実家は老舗海苔店のお坊ちゃま

出川

かつて小室さんと会って話したことがあるという

 秋篠宮家長女・小室眞子さんと夫の圭さんが、現地時間の11月14日朝、アメリカ・ニューヨークのケネディ国際空港に到着した。今後は、ニューヨークにて夫婦で新生活を始めることとなる。

 10月26日に婚姻届を提出し、その後は渋谷区内のマンションで渡米に向けた準備を進めていた小室夫妻。11月12日には圭さんが都内で、母・佳代さんの元婚約者と面会し、金銭トラブルに対して約400万円の解決金を支払うことで合意した。懸念されていた問題をクリアにして、渡米した形だ。

 小室夫妻の渡米のニュースは、多くのテレビ番組でも取り上げられた。14日放送のTBS系『アッコにおまかせ!』で小室夫妻の話題が出ると、おまかせファミリーの出川哲朗が「小室さんに会ったことがあるんですよ」と告白。「横浜で海苔を売っていたらきてくれて、そこですごいしゃべりました。すごい気さくな方でした」と明かした。

 出川の実家は、横浜の老舗海苔店「蔦金商店」だ。現在も出川の家族で経営しており、出川の顔写真がプリントされた商品も販売されている。出川曰く、圭さんが『湘南江の島海の女王・海の王子コンテスト』で“海の王子”に選ばれた頃、出川が実家の手伝いしていた時に出会っていたとのことだ。

 後に“天皇の義兄”になるかもしれない小室圭さんが訪れていた蔦金商店は、明治27年創業という由緒ある海苔店だ。特に出川が幼少期の頃は業績がかなり好調で、当時の出川は相当な“お坊ちゃま”として育てられたという。

 子供の頃は5階建てのビルに住んでいて、幼稚園には高級外車で送迎されていたという出川。さらに、兄弟それぞれに専用にお手伝いさんがいるほどの、超お金持ちだったのだ。

 しかし、出川が高校3年生の時に、父親が先物取引やクラブ経営に失敗し、蔦金商店は倒産寸前になってしまう。出川は進学をあきらめて、働くこととなった。

 その後、出川は俳優を志して横浜放送映画専門学院(現在の日本映画大学)に入学。そこで同級生として出会ったのが、ウッチャンナンチャンの内村光良と南原清隆だ。1987年に出川は自身が座長となり、内村や南原とともに劇団『Project team SHA.LA.LA.』(劇団SHA・LA・LA)を旗揚げする。1990年には劇団名を冠にしたバラエティー番組『ウッチャン・ナンチャン with SHA.LA.LA.』(日本テレビ系)もスタートした。

 そして、『お笑いウルトラクイズ』(日本テレビ系)や『進め!電波少年』(日本テレビ系)などに出演するようになった出川は、体を張ったロケやドッキリ企画で人気者となり、ついに芸能界でブレイクを果たすのだ。

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