すると傷付いていた客は少しだけ違う自分になっていく。もやもやがふっと軽くなり「明日がんばってみようかな」と思う。ドラマティックな大変身ではないけれど「なんとかやってみよう」と思える自分になっていくのです。
「刑事ドラマや恋愛ドラマのドキドキに疲れたら、ドラマ24『スナック キズツキ』へ遊びに来てください。」とこのドラマのプロデューサーも語っています。
たえず刺激に囲まれている日常。過剰なアピールやクレーム、自己主張、怒りを他からぶつけられてクタクタに疲れている現代人。「自分の人生はこれでよかったのか」という満たされなさやむなしさを抱えている人も多い。それを捨てる場所が必要なのでしょう。
考えてみるとトウコママの役は、原田さん以上にぴたりハマる女優さんってなかなか思い浮かばない。その意味で原田知世という女優は余人を以て代えがたい。
かつては『時をかける少女』(1983年)で日本アカデミー賞等各映画賞の新人賞をとり「薬師丸ひろ子に次ぐ大型新人」と注目を浴びて人気者に。でも、だんだんと自分流のマイペースにシフトしていき「降りて」いった足取りが見事です。
気付けばいつも空気のように漂っていて、近くにいるけれどさほど意識させない。でも、他に代えがたい存在。その好例が味の素AGFのコーヒー「ブレンディ」のCM。驚くことにこのCMは原田さんが20年以上も連続で出演していて、同一ブランドでのテレビCM出演時間は日本一(ビデオリサーチ調べ)だとか。
刺激的でなく目障りでもなく、押し付けもしないけれど、生きている人のぬくもりがある。そんな原田テイストが存分に活かされているという意味で、スナックキヅツキとブレンディのCMに共通するものがあります。
特にトウコの目尻のシワが味わい深い。ふとしたお疲れ感がいい。化粧で隠さずに生きてきた履歴を見せている。
「こんなスナック、近所にあったらいいな」「行ってみたいな」という思う視聴者はたくさんいるはず。けれど、そう簡単ではないのです。原田さんのトウコだからこそ人々は傷付いた自分を自分で修正できる。これもまた、瀬戸内寂聴さんとはひと味ふた味違う「受け止め力」のたまものでしょう。