ビジネス

【大ヒット小説シリーズ最新作】『トヨトミの暗雲』第2回「共食い」

イラスト/大野博美

イラスト/大野博美

 覆面作家・梶山三郎氏のベストセラー小説『トヨトミの野望』『トヨトミの逆襲』は、「小説ではなくノンフィクションなのではないか」と大きな話題になり、経済界を震撼させた。その続編となる第三弾『トヨトミの暗雲』をNEWSポストセブン上で特別公開。第2回では、巨大自動車メーカー「トヨトミ自動車」が独立系ディーラーに対して不当な圧力をかけている実態が浮き彫りになり……。(第1回「内部告発」から続く)

 * * *

共存共栄から弱肉強食へ

 【二〇二一年八月愛知県名古屋市・覚王山】

「外車を売る前に、トヨトミ車を売られたし統一」

 名古屋市内の高級住宅地・覚王山のトヨトミのディーラーを訪れた高杉文乃は、和紙の便箋に毛筆で書かれた手紙を見せられたとたん、マスクの中で吹き出してしまったが、笑いごとではない。文面からは、はっきりと怒りが感じとれた。それも、よりによってトヨトミのトップ直々の手紙だ。

「こんなものが送られてきたんですか?」

 ええ、と向かいに座る取材相手はうなずいた。署名の脇には、トヨトミ自動車社長の豊臣統一が自分をモデルにした「ヒデヨシ」というキャラクターのスタンプが捺されている。

〝ヒデヨシぷんぷん、そこへなおれ〟の顔。音声付き動画のLINEスタンプもあるが、こちらのスタンプは怒気を発してじっとこちらを睨みつけている。その気まぐれさと、大企業経営者とは思えない軽薄さから、一部で「バカ殿様」「こども社長」とも評される統一が、自分のスタンプをトヨトミ社内の決裁書類や企画書にも捺しているという話を聞いたことがあるが、社外向けの手紙にも捺しているとは……。ナメてるのか、それとも、角の立つ文面を少しでも和らげようとしているのか。

 応接室の大きな窓からは、覚王山通りを挟んだ向かいにある高級デパートが見えた。そのガラス張りのエレベーターの中は、平日の日中にもかかわらず混みあっている。道路を走るクルマは値の張る外車が目立つ。このディーラーにしても、ホテルのベルボーイ風の服装に身を包んだ駐車場の誘導員や、商談スペースのやわらかな本革のソファーなど、富裕層向けの趣がある。

 文乃は内心でほくそ笑む。思ったとおりだ。

 横井一則のスマートフォンに記録されていた「不正車検」の決定的な証拠となる動画。トヨトミディーラー最大手「尾張モーターズ」傘下の店舗が組織的に不正車検を行っているという「内部告発」が意味するものは何か。文乃がひらめいたのは、これが昨年から始まったトヨトミの「全車種併売」の影響にちがいないということだった。

 二〇二〇年五月、トヨトミ自動車は全国の販売店で「全車種併売」をスタートした。

 もともとトヨトミは、高級車を扱う「トヨトミ」、中級車の「トヨネット」、量販車の「フローラ」、コンパクトカー中心の「レッツトヨトミ」と4つあった販売チャンネルごとに、販売させる車種を割り当てていた。全車種併売は、この割り当てをなくすもの。つまり、国内に約五千店舗あるトヨトミディーラーのすべての販売店が、トヨトミ車なら高級車から大衆車まであらゆる車種を扱えるようにしたのである。

 ユーザーにとって便利になるのは確かだが、大変なのはディーラーだ。これまでは、たとえ販売店が近接して商圏、つまり〝縄張り〟が重なっていても、共存共栄できたのだ。

 全車種併売はこの棲み分けを破壊するもの。どの店舗も同じ商材で戦うことになるため、共存共栄していた商圏のなかで、店の特色がなくなり、差別化ができなくなる。次に起こることは誰にでもわかることだ。弱肉強食の世界、トヨトミディーラー同士の潰し合いである。

「だから、外車を売る店を作ろうとしたんですよね」

関連記事

トピックス

橋本環奈と中川大志が結婚へ
《橋本環奈と中川大志が結婚へ》破局説流れるなかでのプロポーズに「涙のYES」 “3億円マンション”で育んだ居心地の良い暮らし
NEWSポストセブン
10年に及ぶ山口組分裂抗争は終結したが…(司忍組長。時事通信フォト)
【全国のヤクザが司忍組長に暑中見舞い】六代目山口組が進める「平和共存外交」の全貌 抗争終結宣言も駅には多数の警官が厳重警戒
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《前所属事務所代表も困惑》遠野なぎこの安否がわからない…「親族にも電話が繋がらない」「警察から連絡はない」遺体が発見された部屋は「近いうちに特殊清掃が入る予定」
NEWSポストセブン
放送作家でコラムニストの山田美保子さんが、さまざまな障壁を乗り越えてきた女性たちについて綴る
《佐々木希が渡部建の騒動への思いをストレートに吐露》安達祐実、梅宮アンナ、加藤綾菜…いろいろあっても流されず、自分で選択してきた女性たちの強さ
女性セブン
看護師不足が叫ばれている(イメージ)
深刻化する“若手医師の外科離れ”で加速する「医療崩壊」の現実 「がん手術が半年待ち」「今までは助かっていた命も助からなくなる」
NEWSポストセブン
(イメージ、GFdays/イメージマート)
《「歌舞伎町弁護士」が見た恐怖事例》「1億5000万円を食い物に」地主の息子がガールズバーで盛られた「睡眠薬入りカクテル」
NEWSポストセブン
キール・スターマー首相に声を荒げたイーロン・マスク氏(時事通信フォト)
《英国で社会問題化》疑似恋愛で身体を支配、推定70人以上の男が虐待…少女への組織的性犯罪“グルーミング・ギャング”が野放しにされてきたワケ「人種間の緊張を避けたいと捜査に及び腰に」
NEWSポストセブン
和久井学被告が抱えていた恐ろしいほどの“復讐心”
【新宿タワマン殺人】和久井被告(52)「バイアグラと催涙スプレーを用意していた…」キャバクラ店経営の被害女性をメッタ刺しにした“悪質な復讐心”【求刑懲役17年】
NEWSポストセブン
女優・遠野なぎこの自宅マンションから身元不明の遺体が見つかってから1週間が経った(右・ブログより)
《上の部屋からロープが垂れ下がり…》遠野なぎこ、マンション住民が証言「近日中に特殊清掃が入る」遺体発見現場のポストは“パンパン”のまま 1週間経つも身元が発表されない理由
NEWSポストセブン
幼少の頃から、愛子さまにとって「世界平和」は身近で壮大な願い(2025年6月、沖縄県・那覇市。撮影/JMPA)
《愛子さまが11月にご訪問》ラオスでの日本人男性による児童買春について現地日本大使館が厳しく警告「日本警察は積極的な事件化に努めている」 
女性セブン
フレルスフ大統領夫妻との歓迎式典に出席するため、スフバートル広場に到着された両陛下。民族衣装を着た子供たちから渡された花束を、笑顔で受け取られた(8日)
《戦後80年慰霊の旅》天皇皇后両陛下、7泊8日でモンゴルへ “こんどこそふたりで”…そんな願いが実を結ぶ 歓迎式典では元横綱が揃い踏み
女性セブン
犯行の理由は「〈あいつウザい〉などのメッセージに腹を立てたから」だという
「凛みたいな女はいない。可愛くて仕方ないんだ…」事件3週間前に“両手ナイフ男”が吐露した被害者・伊藤凛さん(26)への“異常な執着心”《ガールズバー店員2人刺殺》
NEWSポストセブン