【書評】『同盟の起源 国際政治における脅威への均衡』/スティーヴン・M・ウォルト・著 今井宏平、溝渕正季・訳/ミネルヴァ書房/6050円
【評者】山内昌之(神田外語大学客員教授)
近現代の日本は、最悪の同盟と最良の同盟の二つを経験した。ドイツ・イタリアとの三国同盟は、アメリカとの戦争をもたらし、東アジアで何の役にも立たぬ愚劣なおもちゃだった。反対に、1902年の日英同盟は日露戦争を乗り切る大きな要因であり、現在の日米同盟は沖縄の基地問題を除けば、世界史でも屈指の成功した組み合わせであろう。
本書の主張は、次の三点にまとめられる。第一に、諸国家は純粋にパワーのみでなく、脅威に対抗するために同盟を構築する。第二に、脅威に対抗したいという動機はイデオロギーよりもはるかに強力な同盟形成の要因である。第三に、対外援助と政治的浸透はそれ自体では同盟形成の大きな要因とはならない。
著者のウォルトが同盟論を考える上で中東を選んだのは賢明であった。中東は戦略的重要性の高い石油産出地域であり、冷戦下において米ソ両国が中東で特異な同盟相手を獲得・支援してきたからだ。そのうえ、国内外の環境変化に応じて同盟がこれほど頻繁に組み替えられてきた地域は他にない。1967年の第三次中東戦争は、エジプトのナセル大統領がソ連からの大量軍事援助を勝手にあてこんで起こした。
実際のソ連は、超大国アメリカとの対決を避けて、格下の同盟国エジプトを冷酷に切り捨てた。また、アラブの民族的統一性はエジプトのリーダーシップに対するアラブ同盟国の不快感を克服できなかった。
戦争は同盟の有効性をテストした。エジプトはソ連でなく、かつてのライヴァルたるサウジアラビア、はてはアメリカからの補助金に依存する国になった。現実に、シナイ半島やゴラン高原が占領されてみると、実際の力を無視したイデオロギーによる同盟などはむなしいものだ。同盟は威信をためす道具でなく、ひたすら安全と繁栄を確保する装置なのである。
数々の教訓に充ちた本書は、まさに古典的名著として日本人必読の書といえよう。
※週刊ポスト2022年3月4日号