2025年10月23日、盛岡市中心部にあらわれたクマ(岩手日報/共同通信イメージズ)
日本全国で熊が出没し、多くの犠牲者が発生している。秋田県や岩手県など、東北地方を中心に深刻な被害が報じられているほか、10月27日、長野県でもショッピングモールの駐車場に熊が居座る事件が発生。同28日には、岩手銀行本店の地下駐車場に子熊1頭が侵入したというニュースが伝えられた。熊はいよいよ人々の生活圏に侵入し、命を脅かしている。
人間が熊の脅威に立ち向かうには、熊の特異な生態を知っておく必要があるだろう。肉食大型動物として異例な存在だという熊は、どのようにして生き残ってきたのか──。その生態について、別冊宝島編集部編『アーバン熊の脅威』から、一部抜粋・再構成して紹介する。【前後編の前編】
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冬眠を行う唯一の大型動物
1990年頃まで熊は人間を恐れ、人里には出ようとしなかった。熊による被害は山菜やキノコ狩り、登山などで熊のテリトリーに人間が踏み込んだ場合にかぎられていた。
それがわずか25年、2015年頃には、まったく人間を恐れず、平然と人間の活動域へと進出する「アーバン熊」へと進化した。
短期間での劇的な変化は、実は熊の持つ特異な生態によって生まれたものなのだ。
まず動物行動学的に説明すれば、熊の生存戦略はきわめて異例なスタンスといっていい。「ライバルとなる大型肉食獣が存在しないような過酷な環境下にあえて進出し、巨体をなんとか維持することで生物の頂点に立つ」だからである。
その典型的な例が氷河に生息するホッキョクグマであり、笹(タケ類)を主食にしたジャイアントパンダだろう。パンダが生息する中国四川省からチベット・パキスタンにはバンブーラインと呼ばれる巨大なタケ類の群生地が広がる。発芽したばかりのタケノコを除き、笹や竹は食用に適さない。 パンダは笹を消化できるよう無理やり“進化”して、このエリアの頂点に立った。ホッキョクグマはいわずもがな、であろう。
日本に生息するツキノワグマもまた、過酷な山岳地帯に適応した種で3000メートル級の高山エリアで生息できる能力があり、ヒグマも永久凍土といった過酷な寒冷地帯に適応した種といえる(その一方で亜熱帯域にも対応できる)。
こうした「過酷な環境に適応する」ために熊は他の大型哺乳類とはまったく違う進化を遂げてきた。それが「冬眠」と「交雑繁殖」である。
熊が冬眠することは誰もが知っているだろう。だが、冬眠は基本的にリスやネズミ類といった小動物の持つ特性なのだ。小 動物は寒さに弱く溜め込む脂肪も少ない。それで冬眠する。逆に言えばツキノワグマは100キロ以上、ヒグマなど通常で300キロ、なかには1トンを超える個体までいる。分厚い脂肪と頑強な毛皮を持つ熊は、本来、冬眠する必要はないのだ。
ここに熊独特の生態がある。冬眠を出産戦略に組み込んでいるのだ。秋の収穫期にたっぷりと脂肪を蓄え、冬眠中に嬰児の状態で出産(育てるのは2頭)。眠ったまま嬰児に授乳することで冬ごもりが終わる頃には足腰のしっかりした「小熊」となる。秋に脂肪分が足りない場合、子育てができない環境状況だと判断し、受精卵を子宮に着床させずに流産させる。これで過酷な環境を生き抜いてきたわけだ。

 
             
             
             
             
             
             
             
             
             
             
            