ライフ

【逆説の日本史】没後各国で賞賛された明治大帝は紛うこと無き「名君」だった

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第九話「大日本帝国の確立III」、「国際連盟への道 その2」をお届けする(第1335回)。

 * * *
 明治天皇の「医者嫌い」は、単なる医者嫌いというより西洋医学嫌いだったと見るべきだろう。その理由については『逆説の日本史 第二十六巻 明治激闘編 日露戦争と日比谷焼打の謎』の第四章「軍医森林太郎の功罪」で述べておいたが、要するに天皇は明治を通じて不治の病であり西洋医学では治療法すらわからなかった国民病「脚気」を、漢方医のアドバイスで克服したからだ。

「明治天皇が西洋医学から距離を置き、漢方を見直したのはこの時からだろう」と同書に私は書いたが、それは天皇にとって幸運でもあり不運でもあった。幸運というのは脚気を克服できたことであり、不運というのはその結果糖尿病などの治療においては漢方よりはるかに優れている西洋医学を信用しなくなったことである。天皇の症状はかなり深刻で、死の数年前には時々昏睡を起こすほどだったのだが、天皇は頑として西洋医学の治療を拒みワインを飲み続けた。きちんと治療や投薬を受けていれば、もう少し長生きできたのではないかと私は思う。

 そういう頑固さ、あるいは剛直さと言い換えてもよいが、それはたしかに明治天皇の長所でもあった。ドナルド・キーンの『明治天皇を語る』(新潮社刊)によれば、たとえば御所の照明も電灯は好まず、可能な限り蝋燭を用いた。蝋燭には大きな欠点があって、立ち上る煤で天井や壁が汚れてしまう。臣下は困ってたびたび諫言したが、受け入れられなかったという。

 また、日清戦争のとき広島に臨時大本営が置かれ天皇も現地にあった木造二階建ての家に数か月滞在したのだが、いまで言う2DK程度の部屋で昼は寝室のベッドを片付け執務室にして、食事もそこで取ったという。部屋があまりに殺風景なので臣下が絵など壁に掛けてよろしいでしょうかと進言したところ、天皇は「戦っている兵士たちにはそういうことができない」と断り、安楽イスや冬の暖炉の使用を勧めても拒否したという。また軍服が破れても継ぎを当て新品には取り替えず、靴の裏に穴があいた場合はそれを修理に出させたという。臣下は修理するより新しい靴を買ったほうが安いと言いそれは事実だったのだが、天皇は修理して使うということにこだわり続けた。

 そんな天皇も、フランスの香水とダイヤモンドの指輪はお気に入りだったという。天皇は風呂嫌いでもあったので、平安貴族のように香水は体臭をカバーするために使ったのかもしれないが、なぜダイヤモンドの指輪が好きだったのか、それについてはまったくわからない。女性にプレゼントしたのかもしれないけれども、そういう記録は残っていない。

 女性と言えば、明治天皇の時代は一夫多妻制であった。正式な皇后は一人だけでのちに昭憲皇太后(旧名一条美子)と呼ばれたが、彼女は一八四九年(嘉永2)生まれで公家の名門一条家の出身だった。天皇は一八五二年(嘉永5)の生まれだから、三歳年上ということになる。残念ながら体はあまり壮健ではなく、二人の間に子供はいない。

 のちに明治天皇の後を継いで大正天皇となる明宮嘉仁親王を産んだのは側室(出産当時は権典侍)の柳原愛子で、柳原家も公家である。この時代あたりまでは生母が嫡妻(正室)でない場合でも子供は嫡妻の子として育てられ、生母はその世話係となるのが習慣だった。これは皇室だけで無く武家でもそうで、たとえば勝海舟の子女はずっと自分の世話をしてくれた女中が本当の母親であることを後に知らされ驚いた、という話が伝わっている。

 ただし、こういう習慣は明治をもって終わった。というのは、民間では成功者が妾を持つことはむしろあたり前で、二〇二一年(令和3)のNHK大河ドラマ『青天を衝け』の主人公渋沢栄一にも非嫡出の子供が多くいたのだが、明治天皇はなぜか皇太子に側室を認めなかったからである。これはかなり不思議なことで、自分は皇后との間に子がおらず皇位を継ぐ男子を産んだのは側室なのだから、天皇家の存続を第一に考えるならばその「運用」を考えるべきなのだが、天皇は頑としてそれを認めなかった。

 ちなみに、天皇の子女の数は男子五人、女子十人の計十五人だが、その第一皇子と第一皇女を産んだ二人の側室(女官としては権典侍)の葉室光子と橋本夏子は産後の肥立ちが悪く、二人とも出産後間も無く亡くなっている。子供も二人とも死産であった。別に西洋医学を無視したわけでは無い。葉室光子の出産には楠本イネ、あのフォン・シーボルトの娘が女医として立ち会っていたのだが、それでも助けることができなかった。

関連記事

トピックス

筑波大学の入学式に出席された悠仁さま(撮影/JMPA)
悠仁さま入学から1か月、筑波大学で起こった変化 「棟に入るには学生証の提示」、出入りする関係業者にも「名札の装着、華美な服装は避けるよう指示」との証言
週刊ポスト
藤井聡太名人(時事通信フォト)
藤井聡太七冠が名人戦第2局で「AI評価値99%」から詰み筋ではない“守りの一手”を指した理由とは
NEWSポストセブン
日曜劇場『キャスター』で主演を務める俳優の阿部寛
阿部寛、小泉今日子、中井貴一、内野聖陽…今春ドラマで「アラ還の主演俳優がそろい踏み」のなぜ?
NEWSポストセブン
趣里と父親である水谷豊
《趣里が結婚発表へ》父の水谷豊は“一切干渉しない”スタンス、愛情溢れる娘と設立した「新会社」の存在
NEWSポストセブン
米利休氏のTikTok「保証年収15万円」
東大卒でも〈年収15万円〉…廃業寸前ギリギリ米農家のリアルとは《寄せられた「月収ではなくて?」「もっとマシなウソをつけ」の声に反論》
NEWSポストセブン
SNS上で「ドバイ案件」が大騒動になっている(時事通信フォト)
《ドバイ“ヤギ案件”騒動の背景》美女や関係者が証言する「砂漠のテントで女性10人と性的パーティー」「5万米ドルで歯を抜かれたり、殴られたり」
NEWSポストセブン
“赤西軍団”と呼ばれる同年代グループ(2024年10月撮影)
《赤西仁と広瀬アリスの交際》2人を結びつけた“軍団”の結束「飲み友の山田孝之、松本潤が共通の知人」出会って3か月でペアリングの意気投合ぶり
NEWSポストセブン
田村容疑者のSNSのカバー画像
《目玉が入ったビンへの言葉がカギに》田村瑠奈の母・浩子被告、眼球見せられ「すごいね。」に有罪判決、裁判長が諭した“母親としての在り方”【ススキノ事件公判】
NEWSポストセブン
アメリカから帰国後した白井秀征容疑(時事通信フォト)
「ガイコツが真っ黒こげで…こんな残虐なこと、人間じゃない」岡崎彩咲陽さんの遺体にあった“異常な形跡”と白井秀征容疑者が母親と交わした“不穏なメッセージ” 〈押し入れ開けた?〉【川崎ストーカー死体遺棄】
NEWSポストセブン
赤西と元妻・黒木メイサ
《赤西仁と広瀬アリスの左手薬指にペアリング》沈黙の黒木メイサと電撃離婚から約1年半、元妻がSNSで吐露していた「哺乳瓶洗いながら泣いた」過去
NEWSポストセブン
元交際相手の白井秀征容疑者からはおびただしい数の着信が_(本人SNS/親族提供)
《川崎ストーカー死体遺棄》「おばちゃん、ヒデが家の近くにいるから怖い。すぐに来て」20歳被害女性の親族が証言する白井秀征容疑者(27)の“あまりに執念深いストーカー行為”
NEWSポストセブン
不倫疑惑が報じられた田中圭と永野芽郁
《永野芽郁のほっぺたを両手で包み…》田中圭 仲間の前でも「めい、めい」と呼ぶ“近すぎ距離感” バーで目撃されていた「だからさぁ、あれはさ!」
NEWSポストセブン