このころ陸軍は満洲への攻勢を強めており、その明治天皇の「御稜威(御威光)」によって日露戦争に勝ち満洲への進出が可能になったという「歴史的事実」をもう一度国民に深く自覚させたい、という思いが政府や軍部にはあったのではないか。天長節は明治時代はたしかに十一月三日だったが、次の大正天皇が立つことによって「普通の日」になってしまった。天皇誕生日は現役の天皇の誕生日を祝うものだからである。

 この明治節の新設で国民の祝日は五日あることになったが、なぜか新年節、紀元節、天長節、明治節だけが四大節として国民の間で広く祝われるようになった。ちなみに、祝日とは皇室から国民に至るまでお祝いする日であり、そこのところが皇室の祭典を行なう日である祭日との違いである。大正年間は祭日として明治天皇祭(先帝祭)があったが、これは誕生日では無く崩御の日を記念するものであった。

 おわかりのように、これが昭和に入ると大正天皇祭になった。祭日は祝日と違って本来はどんちゃん騒ぎする休日では無い。だからこそ祭日なのだが、それもあってか昭和二十年以降は原則として祭日が無くなり、すべて祝日つまり国民全体でお祝いする日になった。その過程で明治節は「文化の日」になり、紀元節は一旦廃止されたが建国記念の日として現在は復活している。この日はあくまで神話の上の話だが、初代神武天皇が即位した日とされている。

 そして翌一九二八年(昭和3)には、明治大帝讃歌とも言うべき唱歌『明治節』が作られ、当日には学校等で必ず歌われるようになった。歌詞は次のようなものである

〈『明治節唱歌』堀沢周安作詞 杉江修一作曲
一.
 亜細亜の東 日出づる処
 聖の君の現れまして
 古き天地とざせる霧を
 大御光に隈なくはらひ
 教へあまねく道明らけく
 治めたまへる御代尊

二.
 恵みの波は八洲に余り
 御稜威の風は海原越えて
 神の依させる御業を弘め
 民の栄行く力を展し
 外国々の史にも著く
 留めたまへる御名畏

三.
 秋の空すみ菊の香高き
 今日のよき日を皆ことほぎて
 定めましける御憲を崇め
 諭ましける詔勅を守り
 代々木の森の代々長しへに
 仰ぎまつらん大帝〉

 ネット上で簡単に原曲を聴くことができるが、荘重なメロディーのなかなかの名曲である。そして明治天皇が大帝と讚えられた大きな理由の一つに、ある人物の死が挙げられることは言うまでもあるまい。その人物とは、陸軍大将乃木希典である。

(文中敬称略。第1336回につづく)

【プロフィール】
井沢元彦(いざわ・もとひこ)/1954年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。TBS報道局記者時代に独自の世界を拓く。1980年に『猿丸幻視行』で江戸川乱歩賞を受賞。『逆説の日本史』シリーズのほか、『天皇になろうとした将軍』など著書多数。

※週刊ポスト2022年4月1日号

関連記事

トピックス

水原一平氏のSNS周りでは1人の少女に注目が集まる(時事通信フォト)
水原一平氏とインフルエンサー少女 “副業のアンバサダー”が「ベンチ入り」「大谷翔平のホームランボールをゲット」の謎、SNS投稿は削除済
週刊ポスト
解散を発表した尼神インター(時事通信フォト)
《尼神インター解散の背景》「時間の問題だった」20キロ減ダイエットで“美容”に心酔の誠子、お笑いに熱心な渚との“埋まらなかった溝”
NEWSポストセブン
水原一平氏はカモにされていたとも(写真/共同通信社)
《胴元にとってカモだった水原一平氏》違法賭博問題、大谷翔平への懸念は「偽証」の罪に問われるケース“最高で5年の連邦刑務所行き”
女性セブン
富田靖子
富田靖子、ダンサー夫との離婚を発表 3年も隠していた背景にあったのは「母親役のイメージ」影響への不安か
女性セブン
尊富士
新入幕優勝・尊富士の伊勢ヶ濱部屋に元横綱・白鵬が転籍 照ノ富士との因縁ほか複雑すぎる人間関係トラブルの懸念
週刊ポスト
《愛子さま、単身で初の伊勢訪問》三重と奈良で訪れた2日間の足跡をたどる
《愛子さま、単身で初の伊勢訪問》三重と奈良で訪れた2日間の足跡をたどる
女性セブン
水原一平氏と大谷翔平(時事通信フォト)
「学歴詐称」疑惑、「怪しげな副業」情報も浮上…違法賭博の水原一平氏“ウソと流浪の経歴” 現在は「妻と一緒に姿を消した」
女性セブン
『志村けんのだいじょうぶだぁ』に出演していた松本典子(左・オフィシャルHPより)、志村けん(右・時事通信フォト)
《松本典子が芸能界復帰》志村けんさんへの感謝と後悔を語る “変顔コント”でファン離れも「あのとき断っていたらアイドルも続いていなかった」
NEWSポストセブン
水原氏の騒動発覚直前のタイミングの大谷と結婚相手・真美子さんの姿をキャッチ
【発覚直前の姿】結婚相手・真美子さんは大谷翔平のもとに駆け寄って…水原一平氏解雇騒動前、大谷夫妻の神対応
NEWSポストセブン
違法賭博に関与したと報じられた水原一平氏
《大谷翔平が声明》水原一平氏「ギリギリの生活」で模索していた“ドッグフードビジネス” 現在は紹介文を変更
NEWSポストセブン
カンニング竹山、前を向くきっかけとなった木梨憲武の助言「すべてを遊べ、仕事も遊びにするんだ」
カンニング竹山、前を向くきっかけとなった木梨憲武の助言「すべてを遊べ、仕事も遊びにするんだ」
女性セブン
大ヒットしたスラムダンク劇場版。10-FEET(左からKOUICHI、TAKUMA、NAOKI)の「第ゼロ感」も知らない人はいないほど大ヒット
《緊迫の紅白歌合戦》スラダン主題歌『10-FEET』の「中指を立てるパフォーマンス」にNHKが“絶対にするなよ”と念押しの理由
NEWSポストセブン