「メタバースはシニア向け」と考える理由
時間を割く比重がバーチャルに移っていったとき、現実世界はどう変わっていくのだろう。
「物理世界というのは、どんどん贅沢になっていくのだと思います。電子書籍がわかりやすいけど、情報を摂取しようとなると、電子書籍でいいわけです。本質的な価値は情報にしかないですから。わざわざ紙の本を買う行為には、むだが存在しています。所有感を得られる、紙をぺらぺらめくる感じがいい。そういうむだをあえて選択するのは贅沢と同義です。レコードも同じですね。地球環境全体を見ると、そういうむだによって環境が壊れ始めているわけで、今後、あえてむだを選ぶことはできにくくなっていくと思います」
若い人がメタバースに惹かれる理由に、政治への無力感があるのではないかという加藤さんの指摘は興味深い。一生かかっても現実世界は変えられない。メタバースなら、自分の理想の世界をつくれるし、自分なりのルールも反映させられる。だからキラキラして見えるというのだ。
大きな歴史の中で、人類がバーチャル化に向かっている流れは理解できるが、生活スタイルが急速に変わっていくことには正直、怖さを感じる。むだと言われても紙の本を手放したくはない。
「それはわかります。インターネットが出てきたときも、『怖い』って反応はありました。モビリティの時代だって、最初は怖かったんだと思うんです。誰もが同じ町で生まれ、死んでいく時代に、町を出るのはすごく怖かったはず。人間のすばらしいところは、変わるのを厭わない一部の人たちがいること。そういう人が新しいものに飛びついて、『大丈夫だよ、便利だよ』って言って、じわじわ広がっていく」
新しい技術に怯える中高年に対して、「メタバースって、むしろシニア向けだと思っています」と加藤さんはこともなげに言う。
「なぜかというと、いまのインターネットって抽象度が高くて難しいと思っていて。ツイッターとかインスタグラムのSNSも、140字で書くとか『映え』を意識するとかでやたら難しい。メタバースだと、しゃべるだけ。若い人がVRのゴーグルをつけて集まって何をしているかというと、だらだらしゃべってるんですよ。そっちのほうが簡単だから。インターネットが難しいと感じる人こそ活用すべきだと思います」
メタバースが今後、伸びるジャンルを聞くと、「人との交流」が加藤さんの答えだった。本の中でも、VR市場でお金が動くのは「ゲーム・イベント・エロ」の3つだと立てた仮説が正しいとわかったという箇所があり、人間を取り巻く技術が急速に変わっても、人の行動そのものはあまり変わらず、変化の速度も遅い。
クラスター社を始める前の20代のとき、大学院を中退した加藤さんは京都のアパートで引きこもっていた時期がある。
「ゲームのアプリをつくって生活できていましたし、深刻な感じはなかったです。経済的に自立できて人に迷惑をかけないのであれば、いまは稼ぐ方法もいくらでもありますし、社会が敷いたレールから外れても全然かまわないとぼくは思います」
【プロフィール】
加藤直人(かとう・なおと)/1988年大阪府生まれ。京都大学理学部で宇宙論と量子物性論を研究。京都大学大学院理学研究科修士課程中退。2015年にスタートアップ「クラスター」を起業。2017年、数千人規模のイベントを開催できるVRプラットフォーム「cluster」を公開。『Forbes JAPAN』の「世界を変える30歳未満30人の日本人」に選出された。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2022年7月21日号