点差が開いても、わせがくの生徒たちは部員に大きな声援を送っていた

点差が開いても、わせがくの生徒たちは部員に大きな声援を送っていた

「連合チーム」を組まない理由

 この試合結果はネットニュースなどで大きな話題となった。交代選手がいない窮地に立たされながらも、「0対82」で決着するまで試合を投げ出さずに戦ったわせがくナインを讃える声が相次いだ。その一方で、甲子園を現実的な目標に掲げる強豪私立と、試合を戦えるギリギリの人数しか集めることができない高校野球の底辺校が対戦すれば、こうした一方的なゲームになることは考えられることであり、試合規定の変更を訴える声も生まれた。かつては3回コールドを導入していた都道府県もあるが、より格差が広がっている現代こそコールド規定の変更が考慮されてもいいかもしれない。

 また、そもそも通常時の部員が9人に満たず、野球技術の乏しいわせがくのようなチームが、単独チームで出場することの危険性を指摘する声も少なからずあった。

 石田先生は監督時代に、連合チームで千葉大会を戦ったことがある。また、過去には軟式野球部にする案や、高野連を脱退して、通信制学校の大会への参加を考えたこともある。

「いろいろと心の問題を抱えている生徒が多いうちの場合、連合チームとなると、一緒に戦う学校の生徒さんとなかなかなじめず、練習に参加しなくなったりするんです。また、連合チームとはいえ、実力のない選手は試合に出られない。試合に出られないのなら続けても意味がないと野球部から離れてしまう生徒もいる。それならば、なんとか9人以上を集めて、うちの生徒だけでのびのび野球をやらせてあげたい。そういう判断です」

 あの日の試合後、長い戦いを終えたわせがくナインの充実した表情が田村監督は忘れられない。

「甲子園という舞台で繰り広げられるものとは違う高校野球というものがある。同じ予選に出ていても、甲子園常連校とは違った背景が生徒にあるのがわせがくです。選手たちは『最後までよく頑張った』という皆さんの声に励まされました。大敗のショック以上に、『また練習したい』という声を発していた。今のところ、もうやりたくないという選手はひとりもいない。選手が望むのであれば、今後も同じ硬式野球部として活動を続け、実力を向上させ、少しでも実力校との点差を減らしていきながら、彼らの居場所であり続けたい。それがわせがくの監督である私が守っていかなければいけないものだと思います」

 現在は田村監督をサポートする立場である元監督の石田先生に、私が気になって仕方なかったあの生徒の卒業後のことを尋ねた。14年前、睡眠導入剤の飲み過ぎで試合当日の朝に起きてこられなかったイトウ君だ。

「イトウはですね、現役で大学に進学して、就職して……実はこの間、結婚式に呼んでくれたんです。東京ヤクルトスワローズの大ファンだという奥さんを見つけて、一緒に野球をやっているみたいです」

 わせがく野球部で青春時代を過ごした不登校球児は、14年の時を経て今度は野球が取りもつ縁で結婚し、白球を追っている。今も彼にとっては野球のグラウンドが“居場所”なのだ。

(了。前編から読む)

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