だが綾女はそうした父の手法に失望し、巣鴨に戻ろうとした矢先、彼女を匿う青池家で銃声が。修造の指示で地下に隠れ、一夜明けて外に出ると、そこは無残に切り刻まれた一家の死骸や肉片が転がる血の海と化していたのだった。

「残酷は残酷ですけど、これくらいのことがないと跡は継がないんじゃないか、僕だって家族を殺されたらどうなるかわからないと、後々の動機のことを考えて、このシーンは書きました。

 彼女は忠義に厚い青池の人々は自分のせいで殺されたと、まずは自分を責める。つまり、イイ人なんです。その善意の人が善意ゆえに、呵責の念をどこまで背負い、どこまで突っ走ってしまうかを、今回はとことん書いてみたかったんです。

 特に綾女の立場では常に感傷より決断が求められ、その孤独と善意ゆえの使命感が、人を狂気に駆り立てることは十分あるだろうと。僕は『善かれと思って』という言葉ほど、恐いものはないと思ってますので」

死を必要以上に重くは思えない

 そうこうして〈私の命を張ります〉と復讐を誓った綾女は、〈敵を一掃できたら、生きて退任。できなければ、死して辞任〉との条件で後継者代行に就任。当初は反対した幹部たちも〈今の台詞忘れませんぜ〉と、そこはヤクザの論理で了承した。これを機に組を潰しにかかる新興勢力との抗争は一層激化、新宿や渋谷や池袋で闇市を成功させ、文字通りの近代商社として業務を拡大していく中でも、暴力は大いに物を言うのだった。

 政治とのパイプもそう。旗山や吉野、GHQや米軍関係者らとの騙し合いでも、綾女は〈ボンボニエール〉の中に常備したヒロポンの助けも借りつつ果敢に渡り合い、隠れた才能を発揮。自責から死に焦がれ、究極まで冷え切った心境がどう変化していくかも見物だ。

 作中、綾女が敵と対峙し、〈なんて軽いのだろう〉と自分自身も含む命の軽さに率直に驚く場面がある。

「これは、僕の実感です。今まで僕は持病の潰瘍性大腸炎やリンパ腫で何度も入退院を繰り返していて、すると周りも重篤な人が多いから、『親父、目を開けろ』とか『死なないで』という声が毎日聞こえてくる。そんな中でも食事の時間になれば『メリーさんのひつじ』の音楽と共に自動配膳機が回ってきて、僕らは普通に食べるわけです。そういう環境を経験していると、自分が生きるのに手一杯で、人の死を必要以上に重く思うことはできない。

 確かに命は大事だけど、悲しんでも命の重さは急に重くも軽くもならないし、たぶん自分の死もこれくらいの価値だよねってことは書いておこうと。そういう是も非もない境界に誰もが生きてるんじゃないかって、これは本作に限らず言いたいことで、設定を終戦直後のヤクザにしたことでより鮮明になった気はします」

 政治や外交、芸能に至る表の歴史にも深く関与した時代の徒花の姿を、謀略もアクションも盛り沢山に描く、怒涛のクライムサスペンスだ。「史実が既に劇的なので、物語部分は極力シンプルを心がけた」と著者は言うが、もはや虚も実も混然とした孤高の人の残像は、この国での物事の決まり方や処理の仕方の原風景とも重なり、読む者の心をただただ苦く抉る。

【プロフィール】
長浦京(ながうら・きょう)/1967年埼玉県生まれ。法政大学経営学部卒。出版社勤務を経て音楽ライター、放送作家として活躍。その後、指定難病の潰瘍性大腸炎で闘病生活を強いられ、2011年、退院後に初めて書いた小説『赤刃』で第6回小説現代長編新人賞を受賞、翌年デビュー。2017年『リボルバー・リリー』で第19回大藪春彦賞。2019年『マーダーズ』で第2回細谷正充賞。また昨年は4作目『アンダードッグス』が直木賞候補に。著書は他に『アキレウスの背中』。176cm、97kg、AB型。

構成/橋本紀子 撮影/国府田利光

※週刊ポスト2022年9月2日号

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