北朝天皇はニセモノである

 二人は当初、貴族院でこの問題が扱われることを希望し貴族院議員の〈谷子爵〉を訪ねた。西南戦争の折、熊本鎮台司令官として西郷隆盛軍の猛攻に耐えたあの谷干城だが、病篤く面会を断わられてしまった(谷は同年5月13日に死去)。そこで牧野の頭に浮かんだのが、衆議院議員の藤澤元造であった。牧野と藤澤はイトコ同士で、藤澤は高名な漢学者藤澤南岳の息子だった。南岳は大阪の「通天閣」の名付け親であり薬の『仁丹』の命名にもかかわっているが、元造なら話に乗ると牧野は考えたのだろう。果たして元造は勇躍して質問の準備に入った。

 このあたりからである。衆議院議員藤澤元造の動静が毎日のように朝日の紙面を飾るようになった。質問書の内容も事前に報じられた。さぞかし朝日は部数を伸ばしたことだろう。七ケ条からなる質問書は〈一々文部省の非を挙げたるもの〉だが、とくに第二条を「チーム藤澤」は重視している。この特集記事でもその部分を再録しているが、原文はかなり煩雑なのでかみ砕いて説明しよう。

 中身そのものは単純なことだ。要するに、文部省の教科書においても皇室典範においても「三種の神器」が皇位の象徴であり、それを保持しているのが正統な天皇である、としている。しかるにその文部省が作った教科書が南北朝についてだけ両朝並立だったとしているのはおかしい。神器は返還されるまでは南朝の天皇のもとにあったのだから、北朝天皇はニセモノであり足利尊氏は逆賊と明記すべきではないか、との主張である。名分論にこだわってはいるが、この主張はそれなりに筋は通っている。

 ここらあたりで、「三種の神器」がなぜ皇位の象徴とされるのか確認しておこう。言うまでも無くこれは当時の人にとっては常識であったが、いまはそうとは言えないし、じつは歴史上非常にわかりにくい問題であり正直に告白するが私も間違えて理解していたときもあった。それを整理してお伝えしようと思う。

 まず、三種の神器とはなにか。いろいろ事典を見くらべてみたが、次の説明が一番わかりやすいようだ。

〈三種の神器 さんしゅのじんぎ
古くから、天皇が皇位の璽(しるし)として、代々伝えた3種の宝物、すなわち八咫鏡(やたのかがみ)、草薙剣(くさなぎのつるぎ)、八坂瓊曲玉(八尺瓊勾玉。やさかにのまがたま)。草薙剣は天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ、あまのむらくものつるぎ)ともいう。「記紀」の伝承によれば、アマテラスオオミカミがこれら三種の神器を孫のニニギノミコトに与えたという。鏡は垂仁天皇のときに、伊勢の五十鈴川のほとりに(伊勢神宮の起源)、剣は日本武尊が東征の帰途尾張にまつった(熱田神宮の起源)といわれる。代々伝えられる鏡と剣は分身にあたる形代(かたしろ)である。鏡は宮中の賢所(かしこどころ)に安置され、剣は壇ノ浦の合戦で海に没したが、玉は初めのままである。南北朝合一も、この神器の授受を第一の条件とした。〉
(『ブリタニカ国際大百科事典』)

 キーワードは二つある。「璽」と「形代」である。じつは「璽」という漢字は、中国では印鑑つまり俗にいうハンコを意味する。ところが、日本では古来一貫して「璽」をいわゆる「玉」の意味として使っていた。どうしてそんなことになったか理由はわからないが、あえて想像するに中国では璽は玉(ぎょく。この場合は宝石を意味する)で作るものだったからだろう。いまでも水晶や瑪瑙などでハンコを作るのはその名残である。

 ところが、そのうち日本でも天皇印を作るようになり、これを「御璽」と呼んだ。宝玉と印鑑は全然別のものなのに、同じ「璽」という漢字を使うようになったのだ。これでは混乱する。そのうちに日本では草薙剣と八坂瓊曲玉を併せて「剣璽」と呼ぶようになった。繰り返すまでも無くこれは「三種の神器の剣と玉」を意味するのだが、私は一時これを「剣と天皇御璽」のことだと勘違いしていた。

 もちろん完全な間違いで、間違いを繰り返さないよう努めてきたのだがこの編の第二回でこのことを書いたとき(「週刊ポスト」7月22日号)、「三種の神器のうち剣と璽(いわゆる天皇印ではない)」と書いたつもりが、読み直してみるとカッコ内が「(いわゆる天皇印)」になっていた。意識過剰のせいなのか、とにかく理由はなんであれ間違ったのは事実だからお詫びして訂正させていただく。剣璽とは「剣と玉」のことである。

 ところで、現在放映中のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を見ている人は、「あれ? 三種の神器のうちの剣は平家とともに安徳天皇が入水したとき、沈んじゃったんじゃないの?」と思っているかもしれない。たしかに、あのとき「あの剣」は海に沈んで二度と戻らなかったが、じつは大和朝廷始まって以来「剣が失われたこと」は一度も無い。なぜなら、前出の百科事典にあるように「剣は日本武尊が東征の帰途尾張にまつった」からである。正確に言うと、日本武尊は尾張に草薙剣を置いたまま二度と帰らなかったので、残された人々が草薙剣をご神体として祀った。それが、いまもある名古屋の熱田神宮なのだ。では、壇ノ浦に沈んだのはなにかと言えば、それが二番目のキーワード「形代」なのである。

 これを西洋で言うレプリカ(複製)と同じものと考えてはいけない。形代とレプリカはまったく違うモノである。

(第1353回へ続く)

※週刊ポスト2022年9月9日号

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