ライフ

【逆説の日本史】戦前の朝日新聞が部数競争に勝つべく利用した「南北朝正閏問題」

朝日の特集記事(1911年〈明治44〉2月19日付朝刊)

朝日の特集記事(1911年〈明治44〉2月19日付朝刊)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第九話「大日本帝国の確立IV」、「国際連盟への道2 その7」をお届けする(第1352回)。

 * * *

 前回詳しく説明したが、大日本帝国の「神学」部分を詳しく探求するために、もう少し南北朝正閏論について語らせていただきたい。そもそも「火をつけた」のは幸徳秋水で、その発言が大変な話題となったために読売新聞が幸徳死刑判決報道と同じ日の紙面に第一面三段抜きで文部省の方針(=教科書の記述)はおかしいと社説で文句をつけたところから、話が大きくなった。

 こうなると黙っていないのが朝日新聞だ。読売と朝日というと戦後は違う路線を歩んだライバルという印象があるが、戦前はむしろ前回説明した「満洲絶対護持教」の「宗教新聞」として「同志」であり、路線についてはまったく共通で、どちらかというと朝日のほうが熱心であった。

 そのことは「満洲絶対護持教」の「聖歌」であり戦前の大流行歌であった『満洲行進曲』の内容と成立の経緯を見れば、あきらかだろう。『満洲行進曲』についてはこれまで何度も説明し歌詞も引用したので、ここでは省略する。興味のある方はインターネットで調べていただきたい。

 と、ここまで書いてきて、私は念のためインターネットで『満洲行進曲』を「ググって」みた。そして、愕然とした。私の記憶では、たしかに以前は『満洲行進曲』あるいは『満州行進曲』で検索すれば、その基本的な内容説明が最初に出てきた。「この歌は朝日新聞が歌詞を一般公募し、当選作(じつは朝日記者大江素天の作)に朝日が堀内敬三(慶應義塾応援歌『若き血』作者)に作曲を依頼して制作。一九三七年(昭和12)に日本ビクターからレコードが発売されて大ヒットした」というような内容が複数のネット情報として出てきたのだが、いまはストレートには出てこない。いったいどういうことなのだろうか?

 現代人の常識だが(ネット被害者にはお気の毒なことなのだが)、一度ネットに上げられた情報は完全に消し去ることなど不可能である。現に、歌詞は検索できるし歌唱も聞くことができる。しかし油断も隙もない世の中だなと改めて思った。念には念を入れて歌詞の最後の部分を引用しておこう。

〈東洋平和のためならば 我等がいのち捨つるとも なにか惜しまん日本の 生命線はここにあり 九千万のはらからと ともに守らん満洲を〉

 昭和十二年は満洲事変(昭和6)が拡大し支那事変(日中戦争)になった年である。こんな歌が大流行しているときに、「いや本当に大切なのは東洋平和では無く世界平和で、場合によっては満洲を放棄するようなことがあっても平和を守るべきだ」などと主張したら、非国民(=極悪人)にされてしまう。そんな大日本帝国の「空気」を作ったのは、あきらかに軍部(宣伝機関では無い!)では無くマスコミつまり当時の新聞である。このことは、ぜひとも頭のなかに叩き込んでいただきたい。

 さて、話を当時の朝日新聞に戻そう。同じ「宗教新聞」として朝日の立場から見れば、読売に一歩先んじられたという感は否めない。朝日は部数競争に勝つためにも、なんとか事態を挽回しようと考えたのだろう。朝日が目をつけたのは藤澤元造という代議士であった。藤澤が国会でこの南北朝正閏問題を追究する質問書を作成したという情報を、いち早く入手したのである。

関連記事

トピックス

交際が報じられた赤西仁と広瀬アリス
《赤西仁と広瀬アリスの海外デートを目撃》黒木メイサと5年間暮らした「ハワイ」で過ごす2人の“本気度”
NEWSポストセブン
世界選手権東京大会を観戦される佳子さまと悠仁さま(2025年9月16日、写真/時事通信フォト)
《世界陸上観戦でもご着用》佳子さま、お気に入りの水玉ワンピースの着回し術 青ジャケットとの合わせも定番
NEWSポストセブン
秋場所
「こんなことは初めてです…」秋場所の西花道に「溜席の着物美人」が登場! 薄手の着物になった理由は厳しい暑さと本人が明かす「汗が止まりませんでした」
NEWSポストセブン
身長145cmと小柄ながら圧倒的な存在感を放つ岸みゆ
【身長145cmのグラビアスター】#ババババンビ・岸みゆ「白黒プレゼントページでデビュー」から「ファースト写真集重版」までの成功物語
NEWSポストセブン
『徹子の部屋』に月そ出演した藤井風(右・Xより)
《急接近》黒柳徹子が歌手・藤井風を招待した“行きつけ高級イタリアン”「40年交際したフランス人ピアニストとの共通点」
NEWSポストセブン
和紙で作られたイヤリングをお召しに(2025年9月14日、撮影/JMPA)
《スカートは9万9000円》佳子さま、セットアップをバラした見事な“着回しコーデ” 2日連続で2000円台の地元産イヤリングもお召しに 
NEWSポストセブン
高校時代の青木被告(集合写真)
《長野立てこもり4人殺害事件初公判》「部屋に盗聴器が仕掛けられ、いつでも悪口が聞こえてくる……」被告が語っていた事件前の“妄想”と父親の“悔恨”
NEWSポストセブン
世界的アスリートを狙った強盗事件が相次いでいる(時事通信フォト)
《イチロー氏も自宅侵入被害、弓子夫人が危機一髪》妻の真美子さんを強盗から守りたい…「自宅で撮った写真」に見える大谷翔平の“徹底的な”SNS危機管理と自宅警備体制
NEWSポストセブン
鳥取県を訪問された佳子さま(2025年9月13日、撮影/JMPA)
佳子さま、鳥取県ご訪問でピンクコーデをご披露 2000円の「七宝焼イヤリング」からうかがえる“お気持ち”
NEWSポストセブン
長崎県へ訪問された天皇ご一家(2025年9月12日、撮影/JMPA)
《長崎ご訪問》雅子さまと愛子さまの“母娘リンクコーデ” パイピングジャケットやペールブルーのセットアップに共通点もおふたりが見せた着こなしの“違い”
NEWSポストセブン
ウクライナ出身の女性イリーナ・ザルツカさん(23)がナイフで切りつけられて亡くなった(Instagramより)
《監視カメラが捉えた残忍な犯行》「刺された後、手で顔を覆い倒れた」戦火から逃れたウクライナ女性(23)米・無差別刺殺事件、トランプ大統領は「死刑以外の選択肢はない」
NEWSポストセブン
国民に笑いを届け続けた稀代のコント師・志村けんさん(共同通信)
《恋人との密会や空き巣被害も》「売物件」となった志村けんさんの3億円豪邸…高級時計や指輪、トロフィーは無造作に置かれていたのに「金庫にあった大切なモノ」
NEWSポストセブン