コロナウイルスへの対応のしかただけでなく、世界中に広がる分断と対立も、認知バイアスの例として本書では説明されている。
たとえば自分の信念に合う情報ばかりを選択的に見て確証を深めるのが「確証バイアス」で、利用しやすい情報だけで判断し、結論を出してしまうのが「利用可能性ヒューリスティック」。似た者同士でバイアスを強める「自己確証動機」というバイアスもある。
「バイアスがあることは悪いことばかりではない」
冒頭に書いたのが、間違っているのは自分ではなく自分以外だと思い込む「自己中心性バイアス」で、結果が出た後で「私はわかっていた」などと言ってしまう「後知恵バイアス」など、気づくと恥ずかしくなる。
人間性や仕事の能力で自分は「上位1~10%以内に入る」と答える人が60%もいるという、「自己高揚バイアス」を表す数字には、驚きつつも納得してしまう。
男女の性差や年齢など、社会通念として染みついているバイアスもある。意外だったのが、バイアスがあることで気持ちが楽になり、助けられる場合もあることだ。
自身の将来を実際以上に甘く見積もる「楽観バイアス」があることで、ローンでマンションを買う、学資保険に入る、など将来に向けた消費をすることができ、結果として経済の循環が起きて経済成長の可能性も高まる。
個人差はあるものの、ネガティブな認知や感情体験は、加齢とともに減っていく。こうした加齢による「ポジティビティ効果」というバイアスがあることで、人間は衰えていく身体とバランスを取ることができるのだという。
本を最後まで読むと、AIに代替できない人間らしさの本質は、こうした数々の「認知バイアス」にあるのではないかとすら思えてくる。
「われわれは生き物だから必ず死ぬ、と言っても、毎日、『死ぬのか…』と思って生きるとつらいけど、『自分は大丈夫』みたいなバイアスがあると、それほど不安にならずに暮らすことができます。バイアスは、生きやすくなる装置や便利なツールとして働く一面もあるんです」と川合さん。
バイアスは、言ってみれば「脳のクセ」で、脳の情報処理は必ずしも時間をかけて合理的な判断を下すわけではなく、これまでの経験からもっともらしい結論に飛びついてしまうものらしい。
それだけに誰もが陥る可能性があり、簡単には修正できないものもあるが、どうしたらいいかを考えることはできる。
ということで、この本の最終章は「認知バイアスへの対処法」にあてられている。
「根本的なバイアスはあって当たり前なので、そういうものだとして生きていったらいいと思いますけど、女性やマイノリティーへの偏見など、社会的に望ましくない、教育で治るものはなくしていったほうがいいですね。
『認知バイアス』があると気づくことで、怒りは抑制できます。満員電車でおばあさんを立たせて座っている若い人がいて、『なんだ、こいつ』と思っても、『実はこの人も、出張帰りですごい疲れていたり、体調が悪くてしんどかったりするのかもしれない』と考えてみることで、イライラはある程度、抑えられるようになります」
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2022年9月15日号