勤め先のスーパーで店長よりエライ〈坂口さん〉や腰巾着の〈金井さん〉から〈みるからに孤独なデブのおばちゃん〉として苛めの標的にされても何とも思わず、6畳1間のアパートと職場、あとは惣菜の残り物がない時に立ち寄る弁当屋だけが、彼女の全世界だ。
「店長を下に見る意地悪なおばさんとか、若い社員と駆け落ちとか、普通に検索しただけでも結構その手のあるあるは多いみたいで。もちろん店長を追い出そうとする坂口さんの陰謀や、値引き狙いな〈四時じじい〉の存在は想像の産物ですが、たぶん私自身がどこか意地悪なんだと思います(笑)」
一方、14歳の時、父親が「東京に行って弁当屋をやる」と突然宣言し、生まれ育った〈海の見える街〉を離れることになった俺、〈中川誠〉は、〈父さんのせいで、俺の生活はめちゃくちゃだ〉と全てを父のせいにしてきた。
そして父のようにはなるまいと就職し、恋人もいたが、常に頭にあるのは中学の同級生〈カオルちゃん〉のこと。当時ソーダのCMで人気だった〈ニッキー〉似の彼女を思う時だけが、真実の自分に思えたのだ。
そんな矢先、彼は父が誘ってきた温泉旅行を妙な意地から断り、その旅中に両親が事故で死亡してしまう。出発前、〈親父は俺に、ごめん、と謝ってくれて、ありがとう、と言ってくれて、俺はそれに何も答えなかった〉と、誠はそのことを悔やみ、恋人と別れ、店を継ぐことを決意する。幸い父のレシピのおかげで客足も戻り、昼時は行列ができるほどだが、〈いつも何かが足りなくて、いつも何かを探している〉あの気持ちを、誠は今でも拭えずにいた。
怖くても子を転ばせるのが親の責任
「最初の着想ではカオルが元アイドルで誠が追っかけ的な構図だったんですけど、それだと共感が得にくいかもと思って、カオルは地元の人気者くらいの設定にしました。親の考えを子供に押し付ける過干渉の問題やDV、不妊など、いろんな問題をぶち込んだのも多くの人に共感してほしかったからですが、盛り沢山すぎた気がしないでもない(笑)。
ただ、親に謝れないまま死なれてしまったのは誠だけじゃなく私もそうだし、過干渉も周りのママ友とかを見ていると、問題だなって思うんですよ。虐待は犯罪だけど過干渉は違う。だからこそ歯止めが利かなくて、挫折や逆境に弱い人間を生みかねない。子供が転ばないように誘導する親も多いけど、怖くても転ばせるのが親の責任で、挫折や失敗を経験させない方がむしろ無責任だというのが、私の信念なんです」