「これは職業柄、お洒落で今流行りの料理を追求しながら、家ではそうも言っていられない人と、フツウの家庭料理を大事にする人を対照的に描きたくて、そもそも着想した話なんです。
ユキは料理を綺麗に見せるのが仕事でも、普段の生活はもっと合理的。対して夫や駆を早くに亡くした凛子は、日々の食生活がいかに大事かを痛感し、そのことで自分を責めてもいる。私も海外時代は会食等々で留守が多く、息子の食事はいつもカレーでした。それを可哀想だとは今だから反省できるだけで、渦中にいる時は思えないんですよ。
特に今の30、40代の女性は大変だろうし、効率優先になるのもわかる。でもそこから様々な経験を積んで、何事にも頑ななユキも、心の鎧を脱いで自然体になっていく。今の私だからこそ、そこが書ける。年齢を重ねてこそわかることって、やっぱり沢山ありますから」
言いたいことは小説に込めます
駆の遺児・叶の出現や、彼女の境遇には同情しつつ、そのいい子ぶりが癪に障るユキの苛立ち。また熱海に1人で暮らす実母の老いや、世界的巨匠〈辻堂監督〉の新作映画の料理監修の座をかけて凛子も全面協力したメニュー開発など、関係をこじらせたり和解したりしながら、ここぞという時は助け合えるのが家族らしい。
「わかり合えたかと思うと翌日はまた逆戻りしたり、家族って簡単じゃないもの。明るい話にはしたいけど、100%のハッピーエンドなんてないのが人生ですし、私は厄介で面白い家族小説を書きたかったので。
小説を始める前は『作り話なんて、私には無理』と思っていましたが、書いてみると面白いんです、小説って。エッセイでは角が立つ話も誰かの台詞に紛れ込ませてやんわり伝えられる。小説の世界の方が、よっぽど本当のことが言える。
今のジジババは孫の面倒もよく見るし、気も遣う。穏やかに暮らすには年寄りが遠慮するのが一番、まさに〈弁え〉ってやつです。私も友達に愚痴くらいはこぼしますが、家では一切言いません。言いたいことは小説に込める、です(笑)」
凛子が唯一贅沢して取り寄せる〈釜揚げシラス〉の朝食や、夫の元赴任仲間に〈男の料理教室〉と称して振る舞う〈トマトのガトー〉。バーリの郷土料理〈オレキエッティ〉に、ユキを心身共に癒した〈ガスパチョ〉まで、とにかく品数豊富。しかもその1皿1皿が登場人物の関係性や成長を時に物語り、料理というものがいかに雄弁かに改めて気づかされる、美味しい読書だ。
【プロフィール】
御木本あかり(みきもと・あかり)/1953年千葉県生まれ。お茶の水女子大学理学部卒業後、NHK入局。退職後は外交官の妻として在外生活は通算23年。その間、ローマに単身残り、大学に編入した経験を本名・神谷ちづ子名義のエッセイに発表。帰国後も『オバ道』『女性の見識』を上梓する傍ら小説教室に通い、第2回日本おいしい小説大賞応募作を改稿した本作でデビュー。「私もトマトとバルサミコとオリーブオイルだけは贅沢します。前世がイタリア人なので(笑)」。148.5cm、B型。
構成/橋本紀子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2022年11月11日号