「昔は電波状態がよくなかったから、つながらないフリで通話を切ったり、地下など場所によっては電話がつながりにくかったから、それを利用して居留守を使えたが、今は無理だ」とA氏はいう。
「いいのは車を運転していて、トラックの運転手とケンカすることがなくなったことな」と笑う。初期の携帯電話は、隣を走るトラックが無線を使うと電話が切れたというのだ。「組長からの電話が途中で切れると、マジに怒られるから、窓を開けてトラックの運転手に、『てめぇこのヤロー、無線使うんじゃねぇ』と怒鳴っていからな」(A氏)
さらにスマホになったことで厄介になったのは、組としての情報管理だという。誰でも簡単に動画を撮って、それをLINEで拡散できるからだ。
隠しておかなければならない事務所内の様子を撮影し、その動画が流出して謹慎をくらった組長もいるらしい。
「『こんくらいの事務所で』とか、『おい、こっちも映せ』と命じている様子が流出したそのおっさん、『そんなもん、誰が流したんや』と怒ったらしいが、撮ったヤツに決まっている。他の者は映像を流しようがない」とA氏。「撮らせたおっさんがとんでもない」。
この組長をA氏が”おっさん”と呼び捨てたのは、「自分だったら謹慎じゃなく破門にする」と思ったからに他ならない。組事務所の内部映像が流出するという事態は、警察より敵対する他の組織に内部の状況を知られるため、暴力団にとってあってはならないことだ。
ネットを検索すれば、某組の会合の様子やヒットマンの襲撃、車で敵対する組事務所に突っ込んでいく瞬間などが、そのままアップされている。映像が一度流出してしまえば、瞬く間にネットで世界に広がり、場合によってはそれが証拠として残ることになる。
「他人事でようやっとるわと笑っていられるうちはいいが、目を光らせていないと自分らの足を掬われる」と、A氏は手の中にあるスマホを見つめた。