国内

【多様性・ハラスメント考察】作家・甘糟りり子氏が寄稿《正義という酒に悪酔いしないために》

(写真/イメージマート)

多様性やハラスメントについて考える(写真/イメージマート)

 多様性への理解やハラスメント対策が求められる今、メディアなど表現にかかわる者はそれらにどう向き合うべきなのだろうか。作家の甘糟りり子氏が最近、経験した出来事を通して、自らの考えを綴る。

 * * *
「正義やイデオロギーという酒は悪酔いしやすい」とは友人の言葉である。いわく、正義に酔ってしまうと、自分が正しくなくてもずっと正しいと思っている状態なのだという。自分が正しいから、正しくない相手には何を言っても何をしてもかまわないと信じ込む。挙げ句、相手を屈服させなければ気が済まなくなる。

 思い当るふしはある。ハラスメントや多様性、差別について書いていると、「世の中のためになった」と達成感を抱くことが時々ある。すがすがしく気持ちのいい感覚だ。しかしプロを自覚するのなら、絶対にその快感を得るための原稿にならないよう常に自分を冷静に見ていなければならない。

 先日、反面教師にしなければならないことがあった。某 WEB媒体で私の原稿が「多様性やハラスメントに触れる箇所について疑問が生じる」という理由で「掲載見送り」になった。映画『バビロン』についてのエッセイである。私はその媒体で映画についてのエッセイを不定期で連載していたので、試写会に足を運び、担当者に原稿を送った。編集部には事前に『バビロン』の情報は送ってある。なんのやりとりもないまま四日後に「原稿料は支払うが、掲載見送り」をメールで告げられた。

『バビロン』とは『ラ・ラ・ランド』などで知られるディミアン・チャゼル監督の最新作で、日本では2月10日に公開になった。舞台は1920年代のハリウッド黎明期。時代的にハラスメントなどという概念は一切なく、エロ&グロの描写がところどころにあり、賛否両論を呼んでいるが、この作品を賞賛することがハラスメントや差別を肯定しているなどということなら、それは安直な言いがかりである。私はエロ&グロの映像も含めて作品を楽しんだし、時代の波の残酷さやそれに翻弄される人たちのせつなさが心に残った。

 原稿では、劇中、中国人女性が時々タキシード姿で登場するのだが、それを「マレーネ・デートリッヒを思わせる」と形容したところ、編集部の担当者から「白人中心主義的」だと指摘があった。「白人中心主義」とはあまり聞きなれない言葉だが、文脈からいわゆる「白人至上主義」のこと同義と思われる(以下、それに則って、白人中心主義と書く)。

 件の中国人女性はレディー・フェイ・ズーという役名で、主要キャストの三人にも負けないぐらい印象的なキャラクターである。ハリウッドで最初に名をなした中国人の女優アンナ・メイ・ウォンという実在の女優がモデルになっており、彼女は実生活でもデートリッヒと親交があったそうだ。媒体向けの資料にもこのタキシード姿について「デートリッヒ風」と記述がある。私もすぐにデートリッヒを思い出したので、そのように書いたら「白人中心主義的」と言われ、原稿の掲載を見送られたのだ。

関連記事

トピックス

お仏壇のはせがわ2代目しあわせ少女の
《おててのシワとシワを合わせて、な~む~》当時5歳の少女本人が明かしたCM出演オーディションを受けた意外な理由、思春期には「“仏壇”というあだ名で冷やかされ…」
NEWSポストセブン
『サ道』作者・タナカカツキ氏が語る「日本のサウナ60年」と「ブームの変遷」とは
《「ととのった〜!」誕生秘話》『サ道』作者・タナカカツキ氏が語る「日本のサウナ60年」と「ブームの変遷」
NEWSポストセブン
広陵野球部・中井哲之監督
【広陵野球部・被害生徒の父親が告発】「その言葉に耐えられず自主退学を決めました」中井監督から投げかけられた“最もショックな言葉” 高校側は「事実であるとは把握しておりません」と回答
週刊ポスト
薬物で何度も刑務所の中に入った田代まさし氏(68)
《志村けんさんのアドバイスも…》覚醒剤で逮捕5回の田代まさし氏、師匠・志村さんの努力によぎった絶望と「薬に近づいた瞬間」
NEWSポストセブン
自宅で亡くなっているのが見つかった中山美穂さん
《ずっと若いママになりたかった》子ども好きだった中山美穂さん、元社長が明かした「反対押し切り意思貫いた結婚と愛息との別れ」
週刊ポスト
連敗中でも大谷翔平は4試合連続本塁打を放つなど打撃好調だが…(時事通信フォト)
大谷翔平が4試合連続HRもロバーツ監督が辛辣コメントの理由 ドジャース「地区2位転落」で補強敢行のパドレスと厳しい争いのなか「ここで手綱を締めたい狙い」との指摘
NEWSポストセブン
伊豆急下田駅に到着された両陛下と愛子さま(時事通信フォト)
《しゃがめってマジで!》“撮り鉄”たちが天皇皇后両陛下のお召し列車に殺到…駅構内は厳戒態勢に JR東日本「トラブルや混乱が発生したとの情報はありません」
NEWSポストセブン
事実上の戦力外となった前田健太(時事通信フォト)
《早穂夫人は広島への想いを投稿》前田健太投手、マイナー移籍にともない妻が現地視察「なかなか来ない場所なので」…夫婦がSNSで匂わせた「古巣への想い」
NEWSポストセブン
2023年ドラフト1位で広島に入団した常廣羽也斗(時事通信)
《1単位とれずに痛恨の再留年》広島カープ・常廣羽也斗投手、現在も青山学院大学に在学中…球団も事実認める「本人にとっては重要なキャリア」とコメント
NEWSポストセブン
芸能生活20周年を迎えたタレントの鈴木あきえさん
《チア時代に甲子園アルプス席で母校を応援》鈴木あきえ、芸能生活21年で“1度だけ引退を考えた過去”「グラビア撮影のたびに水着の面積がちっちゃくなって…」
NEWSポストセブン
異物混入が発覚した来来亭(HP/Xより)
《ラーメンにウジ虫混入騒動》体重減少、誹謗中傷、害虫対策の徹底…誠実な店主が吐露する営業再開までの苦難の40日間「『頑張ってね』という言葉すら怖く感じた」
NEWSポストセブン
暴力問題で甲子園出場を辞退した広陵高校の中井哲之監督と会見を開いた堀正和校長
【「便器なめろ」の暴言も】広陵「暴力問題」で被害生徒の父が初告白「求めるのは中井監督と堀校長の謝罪、再発防止策」 監督の「対外試合がなくなってもいいんか?」発言を否定しない学校側報告書の存在も 広陵は「そうしたやりとりはなかった」と回答
NEWSポストセブン