「日本の女の子を見てください」
最初のやり取りから数日後、犯人からLINE電話が掛かってきた。受信すると、向こうは何やらざわざわしている。外にいるのかもしれない。「ハロー!」と私が声を掛けると、ソフトな若者の声が耳に入ってきた。
「ハロー! もしもし」
日本語はできないが、「もしもし」という呼びかけは知っているようだ。私からも何度か呼びかけたが、うまく噛みわない。近くに誰かいるのか、中国語っぽい響きの言葉で話し始め、すぐに電話が切れた。もう一度掛け直すとつながった。同じ男性が応答したので、英語ができるかどうか尋ねると、「No!」と言われ、中国語は「Yes!」。そこでまた電話が切れた。その後、何度か掛け直したが、つながらなかった。
一体、何のための電話だったのか。その後もメッセージでのやり取りが続いたが、「沙也香の動画はこちらです」と言って、誰のものか分からないアジア系女性の裸が流れる動画が送信されてきた。
「沙也香はいらないの?」
かと思えば一転、また日中戦争の話に戻り、南京大虐殺を持ち出してきた。ご丁寧に中国版ウィキペディアのようなリンクまで添付されている。
「沙也香が騙されたことを追及するより、ジャーナリストとしてもっと知るべきことがあるはずだ。この南京大虐殺についてはどう思うのか」
私を言い負かすために歴史認識の話を繰り返しているのか。あるいは自身の歴史観を押し付けたいだけなのか。どちらにしても犯人側の情報をもっと引き出すためには、この質問には真摯に対応したほうが良さそうだ。だから私は、南京大虐殺については犠牲者の数が不確かで、日中の主張には隔たりがあると水を向けてみた。だが、そんな私の目論見とは裏腹に、完全な肩透かしを食らわされた。
「日本の女の子を見てください」
添付されているのは、セクシー動画の一場面。
「私が浮気をした日本人女性です」
きちんとした話をしたいため、そんな動画を送ってこないよう伝えたが、また別の動画を送信してきた。これ以上まともに相手をしないほうがいいかもしれない。
とりあえず、これまで何人の日本人を騙したのか、そして初めて騙したのはいつ頃なのかを尋ねた。騙した日本人の数は「たくさん」で、「10年前」に初めて詐欺に手を染めたという。もっとも、この回答も信用できない。
翌日以降も犯人は、南京大虐殺についてしつこく問い続けてきた。そしてついにはトークから退出され、連絡が途絶えた。殺害予告も今のところは実行されていない。
(了。第1回から読む/本稿は『ルポ 国際ロマンス詐欺』の一部を抜粋・再構成したものです)