「もっともっと、日本語ができたら」と話す孫さん
「今よりもう3分の1でも日本語がうまかったら、僕はもっとお客さんと喋る。この格好してると、みんな孫さん、孫さんって言ってくれます。すごい感謝。とても嬉しい。話したい。もともとお喋りだし、中国語だったらわあわあ話すからね。
だけど緊張する。ここのテーブルの人と話したら、あっちのテーブルの人とも話さないとよくないでしょ。みんな喜んで来てくれるから。でも僕はもう60歳で、大人で、日本に長くいるのに下手。それは恥ずかしい。もし『孫さん、言ってること分かりません』って言われたら、頭真っ白になっちゃう。やだじゃないですか。だからあんまり長く話せない。悔しい、悔しい」
『あさイチ』で、孫さんは周りを和ませ笑わせている。楽しそうに喋っているように見える。わたしはNHKに出たことはないが、NHKという特別な局の生放送の場で、手を動かし作り方の説明をしながら司会者たちともやりとりするという役目の大変さを想像することはできる。孫さんはそれを何度もこなしていらっしゃる。なのに……。
「料理のことならいいけど、自分のこと喋ってくださいって言われたらもう、ダメ。固い。芸能人や有名な方が『どこへ飲み行きますか』『ゴルフ行きませんか』『旅行しましょう』って誘ってくれるけれど、僕は断るんですよ。なんで断るか? やっぱり会話。相手は気にしてなくても、気ぃ遣う。たとえばゴルフ行ったら、ゴルフの言葉いろいろあるでしょ。料理の言葉は知ってても、ゴルフの言葉は分からない。だから行かない。深い話ができないから。
NHKのドラマ(2015年の『まれ』)に出たあと、芸能事務所の人に入ってくださいと言われました。ひとつじゃなくて、いくつか。でも断った。お店も今三つあるけど、もっとお店やってくださいって話もいっぱい来る。でも僕、経営者じゃないから。料理の職人としてここまで行ったらもう十分。十分ですよね? カメラマン、どう思う?」
孫さんは男性カメラマンに言葉を向ける。「十二分ですね」と彼は答える。こういうやりとりに孫さんの人柄が伺える。
「日本のみんなにすごく感謝してます。いろいろなことを教えてくれ、文化のことも教えてくれて、本当にありがたい。それはもうほんと大事。だから悔しい気持ちが強い。中国語は漢字で、日本語も漢字あるから大丈夫でしょうと言われるけど、やっぱりちょっと違う。僕の言葉の問題は大きい。もう、すごい悔しいよ」
(第3回に続く)
【プロフィール】
孫成順/1963年生まれ、中国北京市出身。25歳で中国料理最高位「特級厨師」に。1991年来日、日本各地のホテル、レストランの料理長を歴任し、2007年来日以来の夢だった「中國名菜 孫」を六本木に開店。メディアに多数出演。
取材・文 北村浩子(きたむら・ひろこ)/日本語教師、ライター。FMヨコハマにて20年以上ニュースを担当し、本紹介番組「books A to Z」では2千冊近くの作品を取り上げた。雑誌に書評や著者インタビューを多数寄稿。