中野信子氏(脳科学者・医学博士・認知科学者)
林:余剰時間を埋めるためにドーパミンを出してくれるものを求め続けると、結果的にバイアスが強まるものを選び続けることになる。脳に負荷をかけずに快楽を得ようとすればするほど、ぼくたちはバイアスが強まる仕組みの中にとらわれてしまうわけですね。中野先生の新刊『「バイアス社会」を生き延びる』(小学館YouuthBooks)を拝読してよく理解できました。
中野:そこから抜け出すのは「食物を口にするな」というのと同じくらい難しいかもしれません。
林:だから、ぼくはドーパミン以外のものにどれだけ時間を使えるかが大事だと思っているんです。例えば、犬や猫を愛でている時に出ているのは、やっぱりドーパミンではない気がするんですよね。最初に会って興奮している時にはドーパミン優位かもしれないけれど、一緒に過ごしている時の安らぎは少なくともドーパミン優位ではないだろうと。そういう時間を増やしていかないと、緊張感のある時間が続いてしまいます。
中野:それでLOVOTをつくられたわけですね。ご著書の『温かいテクノロジー』(ライツ社)というタイトルもすごく林さんらしい。テクノロジーをそういう方向に使おうという発想を持つ人は少ないし、実現する人はさらに少ない。テクノロジーの進化に根源的な恐怖を感じる人が多い中で、林さんは、「いや、人間はテクノロジーと共存できる」と明言されていますね。
ロボットが人に気づきを与え、見守ってくれる未来とは
林:例えばchatGPTの何がすごいかって、並の人間以上に言語能力があることですよね。人間は限られた情報の中で「こう仮定すれば説明できる」という状態で物事を把握しているに過ぎないけれど、それを認識している人はほとんどいないでしょう。自分がどの仮定に基づいているかを考えないから、どんなバイアスを持っているかが意識できないんですよね。
中野:私も最近、書き文字について考えるのですが、書き文字がなぜ重要なのかといえば、思考を外から見ることができるからですね。そもそも脳のワーキングメモリーは小さ過ぎて、話している時にはこの階層構造を認識しにくいんです。「5分前に言ったことと30分前に言ったことがこれだけ違う」と論理的かつ定量的に指摘できる人は滅多にいません。いても、大多数の人とは話が合わないはずで、かなりの苦痛を味わうことになるでしょう。