国内

《認知症の行方不明者は年間2万人》届いたのは16万円の請求書、徘徊後に鉄道事故で亡くした夫の後悔「GPS端末が示したのは線路上だった」

(写真/イメージマート)

認知症またはその疑いによる行方不明者の届け出の数は、警察庁が6月に発表した統計によると、2022年に延べ1万8709人と最多を更新した(写真/イメージマート)

 認知症またはその疑いによる行方不明者が急増している。高齢化とともに認知症患者が増加しているとはいえ、その届け出の数は警察庁が6月に発表した統計によると、2022年に延べ1万8709人と最多を更新。この10年で約2倍になった。行方不明の届け出がなされてもほとんどが所在を確認されているが、所在不明のままや事故などで死亡した人もいる。なぜこのような悲劇が起こってしまうのか。NHK「認知症・行方不明者1万人」取材班がまとめた『認知症・行方不明者1万人の衝撃 失われた人生・家族の苦悩』(幻冬舎)は、当事者らの厳しい事情を明らかにしている。その一部を抜粋、要約してお届けする。【全3回の第2回。第1回から読む

 * * *
 静岡県富士宮市に住む清政明さん(61歳)は、2012年に母親の美代子さん(当時84歳)を鉄道事故で亡くした。美代子さんは事故の5年ほど前にアルツハイマー型の認知症と診断されていた。要介護度は「3」だったものの、足腰は丈夫で、外出が大好きだった。

 親子2人暮らしだったが、建築士として働く政明さんは事務所を兼ねた自宅を留守にすることも多く、美代子さんは日中一人で過ごすことが多かった。デイサービスは雰囲気に馴染めなかったのか拒絶したため、月曜から土曜まで、毎日朝晩ヘルパーに来てもらっていた。

 長年、地元の工場に勤め、働き者だった美代子さんは、認知症と診断された後も、自宅から1キロあまり離れた地元の神社にほうきを持って日に何度も掃除に出かけるのを日課にしていた。神社までは自宅の前の道を北に歩いて10分ほど。政明さんは美代子さんが一人で歩いて出かけることが心配だった。そこでケアマネージャーが富士宮市の職員に相談し、美代子さんが歩く経路にある商店や工場、それに自治会長などに見守りを頼むことにした。

 富士宮市では「認知症になっても、住み慣れた地域で笑顔で暮らす」というスローガンを掲げ、熱心に町づくりに取り組んでいて、美代子さんの例を徘徊の見守り第1号として、新たな取り組みをスタートさせた。美代子さんが歩く道路沿いで自動車の修理工場を営む男性は、美代子さんを見かけると声をかけたり、自宅近くまで見届けたりすることもあったという。

 美代子さんは亡くなる前、一度だけ行方が分からなくなったことがあり、そのことをきっかけに、政明さんは美代子さんに携帯型のGPS端末を持たせるようになった。家にいないときはインターネットで検索し、迎えに行くようになった。美代子さんは神社に行っていることが大半で、日没後の外出はめったになく、自宅を訪れたヘルパーから「所在がわからない」と連絡が来ることはほとんどなかったという。

 しかし、事故は起きた。12月のある晩、政明さんが帰宅すると、美代子さんがいなくなっていた。居間には新聞が広げてあり、窓とカーテンが開いたままだった。美代子さんの靴は玄関に置かれていて、裸足で外に出たものと見られた。

 政明さんは祈るような気持で端末を検索した。GPSは、自宅からおよそ2キロ離れた踏切近くの線路上を指し示していた。政明さんはすぐに車で駆け付けたが、すでに遅く、事故が起きた後だった。

 事故は防ぐことができたのではないか──政明さんは自分を責めた。そんな政明さんのもとにJR東海からの請求書が届いたのは、事故から4か月が経ったころだった。請求書には、社員の残業代などの名目で、およそ16万円を支払うよう記されていた。見舞う言葉などはなく、簡素な紙切れが入っているだけだった。

 払えない金額ではなかったため支払ったが、果たして家族だけで責任を負うべきなのか、疑問は残ったという。

「認知症で徘徊をする人を、家族が24時間見守ることは不可能です。たった1分目を離しただけでも、母はどこかへ行ってしまっていた。もう少し介護している人の大変さが分かってもらえないでしょうか」

 あの夜、美代子さんが何を思い、どこに向かおうとしていたのかは、今も分からない。政明さんは、富士山と満開の桜をバックに美代子さんがほほえむ写真を遺影にして、毎日手を合わせている。

関連記事

トピックス

大谷と真美子さんを支える「絶対的味方」の存在とは
《大谷翔平が“帰宅報告”投稿》真美子さん「娘のベビーカーを押して夫の試合観戦」…愛娘を抱いて夫婦を見守る「絶対的な味方」の存在
NEWSポストセブン
令和最強のグラビア女王・えなこ
令和最強のグラビア女王・えなこ 「表紙掲載」と「次の目標」への思いを語る
NEWSポストセブン
“地中海の楽園”マルタで公務員がコカインを使用していたことが発覚した(右の写真はサンプルです)
公務員のコカイン動画が大炎上…ワーホリ解禁の“地中海の楽園”マルタで蔓延する「ドラッグ地獄」の実態「ハードドラッグも規制がゆるい」
NEWSポストセブン
『週刊ポスト』8月4日発売号で撮り下ろしグラビアに挑戦
渡邊渚さん、撮り下ろしグラビアに挑戦「撮られることにも慣れてきたような気がします」、今後は執筆業に注力「この夏は色んなことを体験して、これから書く文章にも活かしたいです」
週刊ポスト
強制送還のためニノイ・アキノ国際空港に移送された渡辺優樹、小島智信両容疑者を乗せて飛行機の下に向かう車両(2023年撮影、時事通信フォト)
【ルフィの一味は実は反目し合っていた】広域強盗事件の裁判で明かされた「本当の関係」 日本の実行役に報酬を支払わなかったとのエピソードも
NEWSポストセブン
イセ食品グループ創業者で元会長の伊勢彦信氏
《小室圭さんに私の裁判弁護を依頼します》眞子さんの“後見人”イセ食品元会長が告白、夫妻のアパートで食事した際に気になった「夫としての資質」
週刊ポスト
ブラジルの元バスケットボール選手が殺人未遂の疑いで逮捕された(SNSより、左は削除済み)
《35秒で61回殴打》ブラジル・元プロバスケ選手がエレベーターで恋人女性を絶え間なく殴り続け、顔面変形の大ケガを負わせる【防犯カメラが捉えた一部始終】
NEWSポストセブン
連続強盗の指示役とみられる今村磨人(左)、藤田聖也(右)両容疑者。移送前、フィリピン・マニラ首都圏のビクタン収容所[フィリピン法務省提供](AFP=時事)
《ルフィ事件》「腕を切り落とせ」恐怖の制裁証言も…「藤田は今村のビジネスを全部奪おうとしていた」「小島は組織のナンバー2だった」指示役らの裁判での“攻防戦”
NEWSポストセブン
モンゴルを公式訪問された天皇皇后両陛下(2025年7月12日、撮影/横田紋子)
《麗しのロイヤルブルー》雅子さま、ファッションで示した現地への“敬意” 専門家が絶賛「ロイヤルファミリーとしての矜持を感じた」【軍地彩弓のファッションNEWS】
NEWSポストセブン
ツアーに本格復帰しているものの…(左から小林夢果、川崎春花、阿部未悠/時事通信フォト)
《トリプルボギー不倫》川崎春花、小林夢果、阿部未悠のプロ3人にゴルフの成績で “明暗” 「禊を済ませた川崎が苦戦しているのに…」の声も
週刊ポスト
三原じゅん子氏に浮上した暴力団関係者との交遊疑惑(写真/共同通信社)
《党内からも退陣要求噴出》窮地の石破首相が恐れる閣僚スキャンダル 三原じゅん子・こども政策担当相に暴力団関係者との“交遊疑惑”発覚
週刊ポスト
山本アナは2016年にTBSに入局。現在は『報道特集』のメインキャスターを務める(TBSホームページより)
【「報道特集」での発言を直撃取材】TBS山本恵里伽アナが見せた“異変” 記者の間では「神対応の人」と話題
NEWSポストセブン