福岡さん(前列右)は現在、大阪万博の「いのち動的平衡館」の準備に奔走しているという(共同通信社)
そもそも、がんという病気は「動的平衡」理論において「生」そのものですらあると福岡さんは続ける。
「自然界における森羅万象は、秩序がある状態からない方向へ一方通行でしか動かない原則『エントロピー(乱雑さ)の増大』が働いています。
例えばピラミッドのような巨大な建築物も、できたてのときにどんなに壮麗でも、長い時間の経過の中で少しずつ崩れ、最後は砂つぶに還っていく。もちろん人間も例外ではありません。誰もがエントロピー増大の原則のもと、秩序のない方向に徐々に押し倒されることで細胞膜が酸化したり、細胞内のたんぱく質が変性したりすることで老化していきます。
その中において、細胞は前後左右のほかの細胞と歩調を合わせながら少しずつ老化する一方、がんは“利己的で自己主張の強い”細胞であるゆえ、ものすごいスピードで無秩序に向かって爆発的に増殖するという特徴があります。防ぎようがなく、生やピュシス(自然)そのものともいえるのです」
坂本さんのがんも、一度はニューヨークで治療後に寛解したものの、今度は2020年に直腸がんが判明。肺にもその転移が認められた。
坂本さんは当時のことをエッセイ『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』(新潮社)において《腫瘍内科の先生には、「何もしなければ余命は半年ですね」と、はっきり告げられました》と綴っている。
「坂本さんは正直でフェアな人。いざ自分ががんになってみると受け入れることやどんな選択をすべきか、病院を変えるべきかなど非常に悩んだと語っておられます。当時はちょうどコロナ禍だったこともあり、メールでやりとりはしていましたが、実際お会いすることは難しかったんです。
ただ、闘病中でもできるだけわれわれの交流は普段通りにしたいという共通認識があった。面白い本を読んだこととか素粒子論のこととか、これまでと変わらない会話を続けることを心がけました」
真の科学者は「科学の限界を知っている」
「私は“アンチ”アンチエイジングなんです」
そう笑う福岡さんはピュシスの重要性を知るからこそ、過度な延命治療やアンチエイジング、対症療法的な薬の服用といった、自然の摂理に逆らって解決法を求める“ソリューション”医療には違和感を覚えるという。