淡谷のり子さんをモデルとする茨田りつ子役の菊地凛子(公式インスタグラムより)
飛んだら帰ってこないんだ
黒柳は、淡谷さんや朝さんと同じく東洋音楽学校を卒業。その後は芸能界に入り、淡谷さんとも何度も共演を果たした。なかでも2人のファンの間で強く印象に残っているのが、淡谷さんが30年以上前に『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に出演した際に語ったエピソードだ。
「ステージで涙を見せるのは歌手の恥」だと考えていた淡谷さんに、黒柳が「初めて人前でお泣きになったのは?」と尋ねると、淡谷さんは終戦間近、鹿児島県・知覧の陸軍基地へ慰問活動に行ったときのことを静かに話し始めた。
「20~30人ほどのまだあどけない少年たちの集団を見かけたので、あの人たちは?と係のかたに尋ねると、『彼らは特攻隊員で、平均年齢は16才。飛んだらもう帰ってきません。もし歌ってる最中に(命令が)来たら飛びますけど、悪く思わないでください』って言うの。
だから来ないでくれって願っていたけど、歌の途中に命令が来て。皆さんサッと立ち上がって私の方を向いて、にこにこ笑って敬礼していくんです。もう、泣けて泣けて。次の曲、歌えなくなりました」
彼女の話を聞きながら、黒柳の目から涙があふれた。
「淡谷さんは厳しい物言いで知られ、人気アイドルやタレントを『歌が下手、基礎がなってない。もっと勉強してほしい』と遠慮なく一刀両断してきました。生きたくても生きられなかった少年たちを見送った淡谷さんからすれば、『どうしてできるのに必死にやらないの?』という思いからなんです。彼女の怒りの根底には、当時の経験があったわけです」(前出・黒柳の知人)
黒柳は淡谷さんだけでなく、『ブギウギ』の主人公である笠置さんともかかわりがある。黒柳にとって初めてのテレビ出演は、笠置さんの主演ドラマで、通行人役として、歌っている笠置さんの前を横切らなければいけなかったという。
「笠置さんのスカートに気を取られた黒柳さんは何度もNGを出してしまったのですが、笠置さんは機嫌を損ねるどころか『大変でんなあ!』と明るく声をかけてくれたそうです。後に笠置さんの豪邸に招かれ、お茶漬けをごちそうになったこともあったとか」(前出・黒柳の知人)
しっとりとシャンソンを歌いあげる淡谷さんと明るくブギを歌う笠置さんはそれぞれ「静」と「動」に例えられることもあった。まさに2人は生涯のライバルで、淡谷さんは『ブギウギ』のもう1人の主人公といっても過言ではない。当時のキーパーソンたちと時代を駆け抜けた黒柳の「サプライズ出演」に期待がかかる。
※女性セブン2023年10月26日号