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【インタビュー】井上尚弥の「本当の凄さ」に迫ったノンフィクション 著者が明かす「敗北を喫した伝説の選手たちが感じた井上が“怪物”である理由」

対戦相手たちが語る井上尚弥の凄さとは(時事通信フォト)

対戦相手たちが語る井上尚弥の凄さとは(時事通信フォト)

 WBC&WBO世界スーパーバンタム級2団体統一王者として世界中のボクシング関係者から注目を浴びる井上尚弥(大橋)。彼と拳を交えた対戦相手たちの証言をもとに、その強さの秘密に迫ったノンフィクション『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』(講談社刊)が、発売前に重版が決まるなど評判となっている。この話題書はいかにして生まれたのか。著者の森合正範氏が取材秘話を語った。

 森合氏は、東京新聞運動部の記者として数々の井上の試合を取材し、記事を書き続けてきた。そうしたなかで、“自分は井上尚弥というボクサーの凄さを描けていない”ともどかしさを抱えていたという。それを痛切に感じたのが2018年、王者の井上と挑戦者のファンカルロス・パヤノが相対したWBA世界バンタム級タイトルマッチ。わずか1分10秒で井上が勝利を収めた試合だった。

「自分が目の前で観ている井上選手の凄さと、書き上げた原稿がまったく違っていた。全然表現できていなかったんです。正直、井上選手の試合の日が来るのが怖かった。きっとまた自分は描き切れないんだろうなと。何秒で終わったとか、パワーが途轍もないとか書いたところで、読者にどれだけその凄さが伝わっているのか、疑問を持ち続けてきました」(森合氏。以下同)

 井上VSパヤノ戦の終了後、森合氏は旧知の編集者にこう打ち明けた。「井上という稀有なボクサーの凄さを読者に伝えたい」。すると、その編集者からこんな提案を受けたという。

「井上尚弥と対戦した選手に話を聞くのはどうでしょうか」

 その言葉をきっかけに取材を開始。日本国内だけでなく中南米も訪れ、対戦選手にインタビューを重ねていった。同書内では、井上が2014年に初めて世界王座を奪取した試合の対戦相手であるアドリアン・エルナンデス(元WBC世界ライトフライ級王者)やアルゼンチンの英雄として知られるオマール・ナルバエス(元世界2階級制覇王者)も登場する。

 ただ、森合氏にとってその取材の日々は苦悩の連続だったという。

「提案を受けた当初からずっと“負けた人たちに話を聞いて本当にいいのか”という思いが頭の中にありました。言わば、自分を叩きのめして、ボクシング人生の踏み台にしていった相手について『どこが凄かったんですか』と聞くのは大変失礼なこと。自分で取材をお願いしておいてなんですが、いざ話を聞きに行く日はすごく憂鬱でした」

◆闘った選手の敗北の仕方、乗り越え方も十人十色

 そんな後ろめたさとは裏腹に、多くのボクサーたちが朗らかに口を開いてくれたという。

「取材をしながら心の中で『みんなここまで話してくれるのか』と驚いていました。たとえば、ナルバエスは自分がもらったパンチの軌道など教えなくてもいいことまで身振り手振りを交えて全部さらけ出してくれた。対戦を通じて“井上尚弥ほどボクシングに実直に向き合って努力している人はいない”と感じたからこそ、自分はその時のことを素直に話さなければならないという気持ちになったのかもしれません。

確かに井上選手は努力する天才です。コロナ明けに久しぶりにインタビューした際、『スパーリングや大人数での練習ができなくてつらくなかった? シャドーボクシングやステップを繰り返しているだけでは、退屈だったでしょう』と訊ねたら、井上選手は『めちゃくちゃ楽しかった』と言っていました。ほかの選手なら嫌がるような単純作業を繰り返すだけの練習も飽きずに楽しむことができるんです」

 取材を重ねていくなかで、森合氏の心境に多くの変化が訪れた。

「負けた試合のことを聞くのも不安でしたが、色んな人に取材をしても似たような話しか引き出せないのではないかと思っていたんです。つまり、本にした時に同じような内容・エピソードを繰り返し読ませることになってしまうのではと。でも、それぞれ向き合い方も違えば、乗り越え方もまるで違った。なかにはエルナンデスのようにいまだ敗戦を消化しきれていない人もいた。十人十色だったのは、意外でした」

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