現在は明治学院大学教授として、また作家として“先生”と呼ばれるようになったドリアンさん(撮影/chihiro.)
現在は明治学院大学教授として、また作家として“先生”と呼ばれるようになったドリアンさんだが、90年代、パンクバンド「叫ぶ詩人の会」の“奇抜”なボーカルとして一世を風靡したことを覚えている人も多いだろう。
「実はバンド時代とやっていることはあんまり変わってないんです。我々の曲には『はきだめの鶴』や『ゾウガメ』『イグアナ』など動物がやたらと出てきてましたし、第一原発の事故を誰も想定してなかった時期に、放射性物質よって死んでいくカニの親子を16ビートで叫んでいたこともあった。
実は執筆活動をするようになったのもバンド時代に『小説すばる』の編集者と出会ったから。この本を出せることになったのもその人のおかげです。
ぼくはまるで糸のついていないタコのようにただただ漂ってきた人間なんですけど、漂うなかでいろいろな情けをかけてもらって、ここまできた感じです」
執筆はまず、その動物に「なりきる」ことから始まる。
「たとえばキツネのことを書こうと思ったら、映画を見たり本を読んだり、徹底的にキツネの生態を調べます。そして、キツネとして数日から1か月過ごしてみる。別に油揚げばっかり食べる、とかじゃないですよ(笑い)。食べるとき、寝るとき、電車で移動するとき…・キツネの気持ちになって生きてみるんです。
例えばホンドキツネの場合、オスは新たな子が生まれると去るのに、メスは1年残って幼い弟や妹の子育てを手伝う習性があるんですね。なので、自分が空腹でも子ギツネたちへ餌を運ぶ、それに伴いどんな喜びや悲しみ、忍耐があるのかをずっと考えていく。すると1人2人と思想家が浮かび上がってきます。
もともと高校生の頃から作っていた『哲学者の思想』を羅列したノートがあったので、『動物の生態』を記したノートと2冊並べて、夢想していきました」
するとキツネには和辻哲郎の「間柄」が、アホウドリにはソシュールの「言葉とは何か」が、コウテイペンギンにはフランクルの「ロゴセラピー」が……といった具合に、組み合わせがかちりとハマり、物語が動いていくのだという。
冒頭は進化論を語る物知りなネズミにアリクイが問いかける場面だが、登場する主人公の動物は全部で21。ドリアンさんは彼らの共通点を「捕食される側の動物」だと話す。
「1話『クマ少年と眼差し』にも書いたのですが、ツキノワグマは’20年度に6085頭が捕殺されています。いまや彼らは捕食される側で、人間によって存在を抹消されていく。たしかにクマは怖いし、出会いたくないし、殺すのは仕方がないという結論になるにしても、本当にそこまでの数を殺す権利があるのか。タイワンリスに至っては、鎌倉市だけで3年連続1000頭以上が捕殺されています。彼らには罪がないのに、人間の都合で特定外来種となり、駆除対象となってしまう。同じ星に住む仲間として、抹殺される側の気持ちを一度考えてみてほしい」
動物の生態を描きつつも、昨今のクマ被害やウクライナ侵攻、ヤングケアラー問題など、まさに現代社会の課題とリンクしたテーマは、動物を媒介にして悩み多き我々へのメッセージが込められているようにも感じる。やはり長年ラジオ番組で担当してきた人生相談の名回答者としての経験が生きているのだろうか。