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 もちろん、小説や映画はフィクションも含む。とくに映画のほうは史実と違う点が少なからずある。それについても触れておこう。この日本とドイツの交流を描くための最大の問題は、じつはドイツ人捕虜が収容されたのは板東だけで無く他に十五か所もあり、しかもほかの収容所では捕虜は強制的な労働を強いられるなど板東ほど人道的なところは一つも無かったということだ。

 しかし、ヒューマンなエピソードは必ずしも条件の整った場所で生まれるとは限らない。こうしたことは、じつは映画にする場合の最大の障害にもなる。映画というのは、二時間前後ですべてを「まとめ」なければならないからだ。では、実際にこの板東を含めて十六の俘虜収容所では、それぞれいったいどんなことがあったのか? それをまとめたのが『青島から来た兵士たち―第一次大戦とドイツ兵俘虜の実像』(瀬戸武彦著 同学社刊)である。

 これを参考に映画と歴史上の事実の違いを述べると、もうお気づきの方もおられるかもしれないが、映画に登場するドイツの名優ブルーノ・ガンツが演じたドイツ軍最高司令官であるクルト・ハインリッヒ少将は実在しなかった。青島の最高司令官は何度も述べたようにマイアー・ワルデック大佐であって、しかも彼は当初は福岡に収容され、その後も板東には行ったことは無い。

 では、なぜ架空の人物を登場させたかと言えば、それが「芝居のウソ」で、ドイツ側の最高司令官と松江大佐の心の交流を描きたかったからだろう。実際の第一次世界大戦はアメリカを含む世界を敵に回したドイツ帝国が敗戦に追い込まれ、不満を抱いたドイツ兵や民衆が反乱を起こし皇帝ヴィルヘルム2世を廃位および追放してドイツ帝国は滅んだ(ドイツ革命=1918年)。

 この情報が伝わるとハインリッヒ少将は自殺を図る(未遂に終わる)のだが、こうした展開にもっていくためにはハインリッヒは「少将」でなければならない。ドイツ帝国においては将官は貴族の出身であることが多く、だからこそドイツ帝国崩壊を嘆いて自殺を図るというストーリー展開が活きてくる。映画では最後にハインリッヒ少将が松江大佐に愛用のステッキを贈るという「感動シーン」もあるが、フィクションとして「まとめる」ためにはこうした力技も必要なのである。

 また、ドイツ人捕虜の協力によって板東俘虜収容所においてベートーベンの第九交響曲が演奏されたというのは事実だが、本格的なオーケストラ演奏が日本人聴衆に対し何度も催されたというのはじつは板東では無く、捕虜の扱いが「人道的」で無く、ドイツ人捕虜側からの評価もきわめて低かった九州の久留米のほうだった。

〈俘虜たちによる音楽活動では、演奏回数等で板東収容所を上回るものがあった。市内の久留米高等女学校講堂における演奏会では、ベートーヴェンの『第九』が演奏され、女学生を始めとして大勢の聴衆が耳を傾けた。〉
(『青島から来た兵士たち―第一次大戦とドイツ兵俘虜の実像』瀬戸武彦著 同学社刊)

 こういうことがあるから、歴史は面白い。久留米は松江大佐などとはくらべものにならない高圧的な所長が常に捕虜の自由な、いや勝手な行動に目を光らせていたはずなのだが。

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