海外の研究データを示して「死亡率を下げる」と言っても、説得力はありません。急性心筋梗塞での死亡より13倍も「がん死」が多い日本に、両者の割合が同程度であるアメリカやイギリスの健康常識を当てはめるのは不自然ではないでしょうか。日本と欧米では、当然ながら食生活も体質も違います。まず、日本の医療界は「薬で数値を下げれば長生きできる」の根拠を、日本人に関するデータによって示すべきでしょう。
しかし、仮にそうしたエビデンスが出たとしても、「薬を飲むと頭がフラフラするから嫌だ」と言う選択肢は、やはり患者にあると私は考えます。
私の場合、血圧を正常値にするために薬のせいで頭がボーッとした状態でこの先30年を生きていくか、あるいは寿命が多少短くなるリスクがあるけれど、頭がシャキッとした状態で生きていくかを考えました。患者自身が自己選択を行うということです。
お酒を飲むことも、塩分を控えるかどうかも、自己選択の範疇でしょう。少なくとも、科学的な根拠もなく「薬を飲まないと病気になる、早死にする」などと言う医師は、患者を脅しているようなものであり、患者自身の自己選択を奪っていると考えます。
もちろん、血圧や血糖値、コレステロール値が薬で正常値まで下がることに喜びを見出す人もいるでしょう。医師に言われるように食べたいものを我慢したり、お酒を控えることで「健康のために頑張っている」と満足を得られる人もいるかもしれません。
私はそうした人にまで「薬をやめたほうがいい」とは一言も言っていません。病院を信じ、医師を信じ、言うとおりにすることが喜びにつながるなら、それで構わないと私は思います。
大事なことは、医師ではなく、患者本人の幸福感が向上することです。「健康のためだから」と好きな食事やお酒を過度に節制してストレスが増すようでは、本末転倒ではないでしょうか、と言いたいのです。(了)
ベストセラー作家の和田秀樹医師が現役世代の悩みを吹き飛ばす「生き方」のコツを指南(撮影/三浦憲治)
【プロフィール】
和田秀樹(わだ・ひでき)/1960年大阪府生まれ。東京大学医学部卒。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、立命館大学生命科学部特任教授、和田秀樹 こころと体のクリニック院長。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。『80歳の壁』は2022年の年間ベストセラー総合第1位(トーハン・日販調べ)に。