『古都』店長の松木さん。大谷の弁当を作るのは「男冥利に尽きる」という
どこでボタンを掛け違えたのか
それから3年が経った2021年秋。大谷選手がMVPを獲得できるかどうかで世間が色めき立っていた時、松木さんの携帯に水原氏から電話が入った。「相談があるんですけど……」と切り出されて以来、大谷選手の弁当を作るという「大役」を任された。松木さんは「料理人冥利に尽きる」と言って、大谷選手の体調や登板日を考え抜いた弁当を何度も球場まで運んだ。
報道によると、ちょうどその頃に水原氏は、ポーカーの場で知り合ったブックメーカーを通じ、サッカーやNBA、NFLなどのスポーツ賭博に手を出していたことになる。以来、借金は約6億8000万円へと雪だるま式に増えていったというが、水原氏と接していた松木さんは、「ギャンブル依存症」の影を微塵も感じなかったという。
「真面目に働くだけでなく、両親にも優しかったんです。そんな彼がギャンブルにはまっていたとは到底信じられない。『違法賭博』のニュースを知った時、最初はフェイクかと思いました」
松木さんが大谷に配達したお弁当の一例
松木さんの思いとは裏腹に、水原氏は20日の開幕戦が終わった後、球団のクラブハウスで選手らを前に「ギャンブル依存症」である事実を告白した。大谷選手にとっては、二人三脚で世界の頂点を目指すはずだった唯一無二の存在。絶大な信頼を得ていた水原氏は一体、どこでボタンを掛け違えてしまったのか。松木さんも現実を受け入れられず、戸惑いを隠せなかった。
「頭がまだくるくる回っているような気分です。悲しいことですね。でもまた一からやり直して、過去を清算し、頑張んなきゃいけないと思う。そしてまた夢を追って通訳になれるのかどうかわからないけど、そういう仕事に就けたらいいなあと思います」
ギャンブル依存症は、一旦、その沼にハマってしまえばそこはまるで蟻地獄。水原氏が、アメリカのスポーツ専門チャンネルESPNの取材に語ったところによると、大谷選手が「二度とこのようなことをしないように助ける」と言って借金を返済したという(この内容は翌日水原本人によって撤回されている)。二度としない––––そう約束してもなかなか止められないのが、依存症という病が持つ恐ろしさだ。
松木さんの願いは叶うのだろうか。
【プロフィール】
水谷竹秀(みずたに・たけひで)/1975年、三重県生まれ。ノンフィクションライター。上智大学外国語学部卒。新聞記者、カメラマンを経てフリーに。2004~2017年にフィリピンを中心に活動し、現在は拠点を日本に移す。2011年『日本を捨てた男たち』で開高健ノンフィクション賞を受賞。最新刊は『ルポ 国際ロマンス詐欺』。2022年3月下旬から5月上旬にはウクライナで戦地を取材した。