ライフ

【逆説の日本史】「大東亜戦争」を「太平洋戦争」と言い換え続ける歴史学界の愚行

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第十三話「大日本帝国の確立VIII」、「常任理事国・大日本帝国 その12」をお届けする(第1417回)。

 * * *
 前回は「特別編」をお送りしたが、今回から「常任理事国・大日本帝国」編に戻ることにする。

「日本は『話し合い』中心の国家であり、戦前の大日本帝国ですら権力が一本化されていなかった」

 これが前々回の結論だが、じつはこのことはすでに何十年も前に述べている。何十年というのは、決して誇張では無い。本連載は一九九二年(平成4)に始まり、現在通算三十三年目に突入しているが、一九九七年(平成9年)に後醍醐天皇のことを書いていたとき、日本の歴史いわば「この国のかたち」を見事に言い当てた次の文章を引用している。

〈誤解を恐れずに言えば、日米開戦前の一九三〇年代後半の日本は意思決定能力が貧弱で、軍国主義ですらなかったと思うのです。軍事の基本は、敵を知り己を知る事です。負ける戦争はしないのが軍事のプロです。(中略)国際情勢を踏まえた冷徹な現実認識に欠け、また総合的な意思決定の場がなかったということです。例えば、日本の仮想敵国について、陸軍はソ連、海軍はアメリカをそれぞれ挙げ、両者の妥協の結果、両国ともに第一仮想敵国にされてしまった。〉

 一九九七年八月十五日付『読売新聞』夕刊に載った、北岡伸一立教大学教授(当時。国連次席代表等を経て現在は奈良県立大学理事長)の論考である。引用した文章はもっと長い(興味のある方は、『逆説の日本史 第6巻 中世神風編』を御覧いただきたい)が、いま話題にしている「対華二十一箇条」についてもまったく同様だということがおわかりだろう。この場合は「陸軍と海軍」では無く、主役は「穏健派と強硬派」だが、国家全体のために大所高所からさまざまな要求を比較検討し整理するという作業がまったくなされていない。

「総花的」という言葉がある。定義を詳しく述べれば、

〈おおむね「全員に花を持たせるようなやり方」という意味合いで用いられる表現。特定の者を抜擢するのではなく、総員まんべんなく恩恵や注目が行き届くことを期するやり方のこと。たとえば、(中略)「総花的な政策」といえば、結局「全方位に全力を尽くします」と言っているに等しいような計画を指す。「総花的」は、もっぱら否定的・批判的な意味合いで用いられる。要するに「メリハリがない」「選択と集中ができていない」「リスクを取ろうとしていない」という意味合いが「総花的」の語に込められているわけである。〉
(オンライン辞書weblio『実用日本語表現辞典』)

 となり、まさに「これが日本」ということがおわかりだろう。念のためだが、私はすべての歴史学者を問題視しているわけでは無い。歴史学者の専門分野に呪縛された視野の狭さは問題だと思うが、それゆえにこうした視野の広い歴史学者の論考は尊重する。だからこそ北岡論考を引用した。

 若い読者は、この文章を読んでそんなの当たり前じゃないかと思うかもしれないが、私が連載を始めたころは「戦前の天皇はヒトラーのような独裁者で、大日本帝国は独裁国家」であり、「戦前の日本は横暴な陸軍の暴走で滅んだ」などと声高に叫ぶ歴史学者のセンセイ方が学界を支配していた。

関連キーワード

関連記事

トピックス

2014年に結婚した2人(左・時事通信フォト)
《仲間由紀恵「妊活中の不倫報道」乗り越えた8年》双子の母となった妻の手料理に夫・田中哲司は“幸せ太り”、「子どもたちがうるさくてすみません」の家族旅行
NEWSポストセブン
詐称疑惑の渦中にある静岡県伊東市の田久保眞紀市長(左/Xより)
《大学時代は自由奔放》学歴詐称疑惑の田久保市長、地元住民が語る素顔「裏表がなくて、ひょうきんな方」「お母さんは『自由気ままな放蕩娘』と…」
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《自宅から遺体見つかる》遠野なぎこ、近隣住民が明かす「部屋からなんとも言えない臭いが…」ヘルパーの訪問がきっかけで発見
NEWSポストセブン
大谷翔平(時事通信)と妊娠中の真美子さん(大谷のInstagramより)
《大谷翔平バースデー》真美子さんの“第一子につきっきり”生活を勇気づけている「強力な味方」、夫妻が迎える「家族の特別な儀式」
NEWSポストセブン
詐称疑惑の渦中にある静岡県伊東市の田久保眞紀市長(HP/Xより)
田久保眞紀市長の学歴詐称疑惑 伊東市民から出る怒りと呆れ「高卒だっていい、嘘つかなきゃいいんだよ」「これ以上地元が笑いものにされるのは勘弁」
NEWSポストセブン
東京・新宿のネオン街
《「歌舞伎町弁護士」が見た性風俗店「本番トラブル」の実態》デリヘル嬢はマネジャーに電話をかけ、「むりやり本番をさせられた」と喚めき散らした
NEWSポストセブン
横浜地裁(時事通信フォト)
《アイスピックで目ぐりぐりやったあと…》多摩川スーツケース殺人初公判 被告の女が母親に送っていた“被害者への憎しみLINE” 裁判で説明された「殺人一家」の動機とは
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《女優・遠野なぎこのマンションで遺体発見》近隣住民は「強烈な消毒液の匂いが漂ってきた」「ポストが郵便物でパンパンで」…関係者は「本人と連絡が取れていない」
NEWSポストセブン
記者が発行した卒業証明書と田久保市長(右/時事通信)
《偽造or本物で議論噴出》“黄ばんだ紙”に3つの朱肉…田久保真紀・伊東市長 が見せていた“卒業証書らしき書類”のナゾ
NEWSポストセブン
JESEA主席研究員兼最高技術責任者で中国人研究者の郭広猛博士
【MEGA地震予測・異常変動全国MAP】「箱根で見られた“急激に隆起”の兆候」「根室半島から釧路を含む広範囲で大きく沈降」…5つの警戒ゾーン
週刊ポスト
盟友である鈴木容疑者(左・時事通信)への想いを語ったマツコ
《オンカジ賭博で逮捕のフジ・鈴木容疑者》「善貴は本当の大バカ者よ」マツコ・デラックスが語った“盟友への想い”「借金返済できたと思ってた…」
NEWSポストセブン
米田
《チューハイ2本を万引きで逮捕された球界“レジェンド”が独占告白》「スリルがあったね」「棚に返せなかった…」米田哲也氏が明かした当日の心境
週刊ポスト