プロ野球審判を38年務め、史上19人目となる3000試合出場を達成した橘高淳氏。2022年に引退した(撮影/杉原照夫)

プロ野球審判を38年務め、史上19人目となる3000試合出場を達成した橘高淳氏。2022年に引退した(撮影/杉原照夫)

それでも「審判は威厳を振りかざしてはいけない」

 橘高が当事者になった“長嶋監督絡みの退場劇”はもうひとつある。

 1994年5月10日のヤクルト-巨人戦、遊ゴロを処理した巨人・川相昌弘がセカンドランナーを刺すべく三塁へ送球し、ボールを受けた三塁手・長嶋一茂がタッチしたものの三塁塁審・橘高はセーフと判定。これを不服に思った一茂が橘高の胸を突いたことで退場に。ミスターの目の前で息子を退場処分にしたことで話題になった。

「審判に手を出したら有無を言わさず退場ですが、昔は暴言を吐いて退場になるケースも年に1~2回あり、その場合は審判が批判されてしまうような風潮がありました。長嶋監督の前で一茂選手を退場させた時は、“長嶋家に汚点を残した”と書きたてられました。世間は長嶋家の味方ですからね(苦笑)」

 実は橘高が審判になった頃は、選手が抗議する際に審判に接触しても、退場にならないことが多かった。選手よりも“一段下の存在”という意識が審判側にもあったからだと思われるが、橘高が中堅となった頃からは審判の威厳を守る手段として、厳格に退場を宣告する方針になったという。

「審判への暴言や暴行には退場処分を下せるとルールブックに書かれており、ルール通りに進めるようにしただけのことです。初めの頃は『以前はこの程度では退場にならなかった』と憤る監督や選手もいましたが、僕の後輩たちもルール通りに退場処分を下すようになったことで、審判への暴言や暴行が少なくなりました」

 それでも橘高は「審判が威厳を振りかざすようになってはいけない」と考えている。

「近年は選手から“敬意”を持って接してもらえていると感じますが、あくまでそれは相手が感じてくれることであって、こちらから誇示するようなものではありません。少なくとも僕自身は“審判の威厳”を自覚したことはなかったですね」

(第4回に続く)

※橘高淳氏の「高」の字は正しくは「はしごだか」。『審判はつらいよ』(小学館新書)より一部抜粋・再構成

【プロフィール】
鵜飼克郎(うかい・よしろう)/1957年、兵庫県生まれ。『週刊ポスト』記者として、スポーツ、社会問題を中心に幅広く取材活動を重ね、特に野球界、角界の深奥に斬り込んだ数々のスクープで話題を集めた。主な著書に金田正一、長嶋茂雄、王貞治ら名選手 人のインタビュー集『巨人V9 50年目の真実』(小学館)、『貴の乱』、『貴乃花「角界追放劇」の全真相』(いずれも宝島社、共著)などがある。プロ野球、サッカー、柔道、大相撲など8競技のベテラン審判員の証言を集めた新刊『審判はつらいよ』(小学館新書)が5月31日に発売。

関連キーワード

関連記事

トピックス

第一子を出産した真美子さんと大谷
《デコピンと「ゆったり服」でお出かけ》真美子さん、大谷翔平が明かした「病院通い」に心配の声も…出産直前に見られていた「ポルシェで元気そうな外出」
NEWSポストセブン
2021年に裁判資料として公開されたアンドルー王子、ヴァージニア・ジュフリー氏の写真(時事通信フォト)
「王子と寝ろ」突然のバス事故で“余命4日”ののち命を絶った女性…告発していた“エプスタイン事件”【11歳を含む未成年者250名以上が被害に】
NEWSポストセブン
日曜劇場『キャスター』(TBS系)で主演を務める俳優の阿部寛
《キャスター、恋は闇…》看板枠でテレビ局を舞台にしたドラマが急増 顕著な「自己批判や自虐」の姿勢 
NEWSポストセブン
人気シンガーソングライターの優里(優里の公式HPより)
《音にクレームが》歌手・優里に“ご近所トラブル”「リフォーム後に騒音が…」本人が直撃に語った真相「音を気にかけてはいるんですけど」
NEWSポストセブン
世界中を旅するロリィタモデルの夕霧わかなさん。身長は133センチ
「毎朝起きると服が血まみれに…」身長133センチのロリィタモデル・夕霧わかな(25)が明かした“アトピーの苦悩”、「両親は可哀想と写真を残していない」オシャレを諦めた過去
NEWSポストセブン
キャンパスライフをスタートされた悠仁さま
《5000字超えの意見書が…》悠仁さまが通う筑波大で警備強化、出入り口封鎖も 一般学生からは「厳しすぎて不便」との声
週刊ポスト
事実上の戦力外となった前田健太(時事通信フォト)
《あなたとの旅はエキサイティングだった》戦力外の前田健太投手、元女性アナの年上妻と別居生活 すでに帰国の「惜別SNS英文」の意味深
NEWSポストセブン
エライザちゃんと両親。Facebookには「どうか、みんな、ベイビーを強く抱きしめ、側から離れないでくれ。この悲しみは耐えられない」と綴っている(SNSより)
「この悲しみは耐えられない」生後7か月の赤ちゃんを愛犬・ピットブルが咬殺 議論を呼ぶ“スイッチが入ると相手が死ぬまで離さない”危険性【米国で悲劇、国内の規制は?】
NEWSポストセブン
1992年にデビューし、アイドルグループ「みるく」のメンバーとして活躍したそめやゆきこさん
《熱湯風呂に9回入湯》元アイドル・そめやゆきこ「初海外の現地でセクシー写真集を撮ると言われて…」両親に勘当され抱え続けた“トラウマ”の過去
NEWSポストセブン
左:激太り後の水原被告、右:
【激太りの近況】水原一平氏が収監延期で滞在続ける「家賃2400ドル新居」での“優雅な生活”「テスラに乗り、2匹の愛犬とともに」
NEWSポストセブン
笑顔に隠されたムキムキ女将の知られざる過去とは…
《老舗かまぼこ屋のムキムキ女将》「銭湯ではタオルで身体を隠しちゃう」一心不乱に突き進む“筋肉道”の苦悩と葛藤、1度だけ号泣した過酷減量
NEWSポストセブン
折田楓氏(本人のinstagramより)
「身内にゆるいねアンタら、大変なことになるよ!」 斎藤元彦兵庫県知事と「merchu」折田楓社長の“関係”が県議会委員会で物議《県知事らによる“企業表彰”を受賞》
NEWSポストセブン