ライフ

文芸評論家・三宅香帆さんインタビュー「批評より考察が人気の今の時代、批評の面白さを伝えたい」

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』/集英社新書/1100円

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』/集英社新書/1100円

【著者インタビュー】三宅香帆さん/『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』/集英社新書/1100円

【本の内容】
《本書は、日本の近代以降の労働史と読書史を並べて俯瞰することによって、「歴史上、日本人はどうやって働きながら本を読んできたのか? そしてなぜ現代の私たちは、働きながら本を読むことに困難を感じているのか?」という問いについて考えた本です》(「まえがき 本が読めなかったから、会社をやめました」より)。明治、大正、昭和戦前・戦中、1950〜60年代、70年代、80年代、90年代、2000年代、10年代……出版文化の勃興と衰退、働き方の変化などを映し出すベストセラー新書。

研究より、研究の楽しさを伝えるほうが好きと気づいた

 電子書籍も含めるとすでに15万部、今年を代表するベストセラーの一作になっている『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』。気鋭の文芸評論家が、就職して本が読めなくなった経験から問題提起する読書論である。

 三宅さんは京都大学大学院に在学中から文筆活動を始め、独立系書店でアルバイトをしていたこともある。

「大学院では萬葉集の研究が専門でした。研究も好きだったんですけど、それ以上に研究の楽しさを伝えることや萬葉集を知らない人にその魅力を伝えるほうが好きだということに気づいたんです。書店でのアルバイトがきっかけで本を出すこともできて、書くことをずっと続けていきたかったので、研究者と批評家を兼業するより、兼業を認めている一般企業で働くほうがいいと思って就職しました」

 批評を書く仕事と兼業する前提で一般企業に入ったのに、三宅さんはあるとき就職してから本を読めていないことに気づく。その3年半後には、会社を辞め文筆専業でやっていくことを選んでいる。

「働いていると本が読めない、という体験をネットに書いたら、『自分もそうだ』という声がいろいろ集まってきました。本ではなく音楽や映画でも同じことで、これは想像した以上に自分だけが感じていることではないんだなと」

 2021年に公開された『花束みたいな恋をした』という映画がある。坂元裕二脚本のこの映画では、小説や漫画、ゲームの趣味が合ってつきあい始めたカップルが、就職を機に気持ちが離れていく様子が描かれている。

「この映画がヒットして、働いていると文化的な生活が楽しめなくなる、という問題がいろんな形で語られるのを見て、想像以上に切実な受け止め方をされているテーマではないかと感じました。この映画については本でも何度か言及していて、1冊を通して『花束みたいな恋をした』の批評になる形に、というのも書きながら思っていました」

 三宅さんの本を読む前、タイトルから現代の状況をざっくり解説した本なのかとなんとなく想像していたら、明治の長時間労働の幕開けから読書と労働の問題を語っていく本格的な内容だった。大正教養主義や円本ブーム、戦後のサラリーマン小説やバブル期のミリオンセラーに言及しながら、「労働と文化」というテーマを掘り下げていく。

「時代を大づかみにとらえた、ざっくりした時代論を読むのがもともと好きだったので、読書論を書きませんかと言われてそういう感じで書いてみようと思いました。

 よしながふみさんの『大奥』が大好きで、200年ぐらいを物語として描くときのエピソードの切り取り方が秀逸なんですよね。時代ごとの面白いポイントだけつかんでいく感じで、それでいて全体のストーリーにも納得感がある。ああいう書き方ができたらいいな、というのは今回、思っていたことです」

 読書史の本であると同時に、文化的生活をあきらめて長時間働くことを当然とする、今の社会のあり方を、本当にこれでいいのかと問いかける本でもある。

 読書や本についての本では、自己啓発書のベストセラーは否定的に扱われることが多い。映画『花束みたいな恋をした』でも、自己啓発書を読むようになった恋人を、本好きの女性は冷ややかに眺めるが、三宅さんの書き方はニュートラルで自己啓発書を必ずしも否定しない。

関連記事

トピックス

鉄板焼きデートが目撃されたKing & Princeの永瀬廉、浜辺美波
《デートではお揃い服》お泊まり報道の永瀬廉と浜辺美波、「24時間テレビ」放送中に配慮が見られた“チャリT”のカラー問題
NEWSポストセブン
経済同友会の定例会見でサプリ購入を巡り警察の捜査を受けたことに関し、頭を下げる同会の新浪剛史代表幹事。9月3日(時事通信フォト)
《苦しい弁明》“違法薬物疑惑”のサントリー元会長・新浪剛史氏 臨床心理士が注目した会見での表情と“権威バイアス”
NEWSポストセブン
海外のアダルトサイトを通じてわいせつな行為をしているところを生配信したとして男女4人が逮捕された(海外サイトの公式サイトより)
《公然わいせつ容疑で男女4人逮捕》100人超える女性が在籍、“丸出し”配信を「黙認」した社長は高級マンションに会社登記を移して
NEWSポストセブン
2才の誕生日を迎えた悠仁さま(写真/宮内庁提供)
【9月6日で19才に】悠仁さま、40年ぶりの成年式へ 御料牧場、小学校の行事、初海外のブータン、伊勢新宮をご参拝、部活動…歩まれてきた19年を振り返る 
女性セブン
麻薬取締法違反で逮捕された俳優の清水尋也容疑者(26)
「同棲していたのは小柄な彼女」大麻所持容疑の清水尋也容疑者“家賃15万円自宅アパート”緊迫のガサ当日「『ブーッ!』早朝、大きなクラクションが鳴った」《大家が証言》
NEWSポストセブン
当時の水原とのスタバでの交流について語ったボウヤー
「大谷翔平の名前で日本酒を売りたいんだ、どうかな」26億円を詐取した違法胴元・ボウヤーが明かす、当時の水原一平に迫っていた“大谷マネーへの触手”
NEWSポストセブン
麻薬取締法違反で逮捕された俳優の清水尋也容疑者(26)
《同居女性も容疑を認める》清水尋也容疑者(26)Hip-hopに支えられた「私生活」、関係者が語る“仕事と切り離したプライベートの顔”【大麻所持の疑いで逮捕】
NEWSポストセブン
サントリー新浪剛史会長が辞任したことを発表した(X、時事通信フォト)
大麻成分疑いで“ガサ入れ”があったサントリー・新浪剛史元会長の超高級港区マンション「かつては最上階にカルロス・ゴーンさんも住んでいた」
NEWSポストセブン
賭博の胴元・ボウヤーが暴露本を出版していた
大谷翔平から26億円を掠めた違法胴元・ボウヤーが“暴露本”を出版していた!「日本でも売りたい」“大谷と水原一平の真実”の章に書かれた意外な内容
NEWSポストセブン
ロコ・ソラーレ(時事通信フォト)
《メンバーの夫が顔面骨折の交通事故も》試練乗り越えてロコ・ソラーレがミラノ五輪日本代表決定戦に挑む、わずかなオフに過ごした「充実の夫婦時間」
NEWSポストセブン
サークル活動にも精を出しているという悠仁さま(写真/共同通信社)
悠仁さまの筑波大キャンパスライフ、上級生の間では「顔がかっこいい」と話題に バドミントンサークル内で呼ばれる“あだ名”とは
週刊ポスト
米カリフォルニア州のバーバンク警察は連続“尻嗅ぎ犯”を逮捕した(TikTokより)
《書店で女性のお尻を嗅ぐ動画が拡散》“連続尻嗅ぎ犯” クラウダー容疑者の卑劣な犯行【日本でも社会問題“触らない痴漢”】
NEWSポストセブン