水中トレーニングでは月間約200キロ泳ぐという。持ち味は後半の追い上げだが、東京五輪後は前半から積極的に飛ばす泳ぎにも力を注いできた
歴史に名を残す
本多はパリ五輪でミラークやマルシャンと歴史に残るようなレースを繰り広げたいと願っている。2023年、あのWBC決勝で大谷翔平と米国代表のマイク・トラウトが名勝負を演じたように。
「WBCの決勝はちょうど練習終わりに放送していて、最後の大谷選手とトラウト選手の対決は『ヤバい、ヤバい』と後輩と大声を出しながら盛り上がったのを覚えています(笑)。元々僕は野球好きでしたが、何度見ても興奮するんじゃないかと思う怒濤の展開でしたよね。
競泳選手にとってパリ五輪は大きなレースで、多くの人に注目してもらえる機会でもある。そんな舞台で僕も、ミラークやマルシャンたちライバルと観客の感情を揺さぶるようなレースができたら、それほど最高なことはないですね」
金メダルを獲った先の夢──自分がスポーツから感動をもらい、周囲から応援してもらってきた分、社会に恩返しする意味でも将来は水泳教室を開きたいのだという。
「自分もスポーツの素晴らしさを伝えられる選手になりたいですし、子どもたちの目標になりたい。そのためには結果を出す必要がある。僕は『日本競泳界のエースは誰か?』と聞かれた時に、『歴史を見ても本多灯しかいないよね』と名を残せる選手になりたいんです」
自らを「無邪気な永遠の4歳児」という。そんな本多がレース前に気持ちを盛り上げるために聞くのがラップだ。
「ラップって韻を踏むところが聴いていて気持ちがいいし、歌い手の生き様が表われているじゃないですか。日常生活では思っていても口にできないこともあるし、そうした内に秘めた思いもすべて言葉にしてさらけ出しているラッパーには憧れるし、刺激を受けます。
最近、僕が推しているのは宮崎県出身のラッパー・GADOROさん。『WARUAGAKI』という曲には“きっとヒーロー以上に戦っているだろ”って歌詞があって、僕も自分の競技人生を重ねながら元気をもらっています。きっとパリでも僕の背中を押してくれるはずです」
旅好きの本多にとって観光名所が数多ひしめくパリは魅力的な街であるが、いまは頭に競技のことしかないと言い切る。
「パリの楽しみ? 金を獲ることだけ。もちろん勝つ自信はあります」
笑顔が印象的なエースは、インタビューの最後に凛々しい表情を見せた。
【プロフィール】
本多灯(ほんだ・ともる)/2001年12月31日生まれ、神奈川県出身。幼稚園時代に兄の影響を受け、水泳を始める。2019年世界ジュニア選手権で200mバタフライで2位。2020年日本選手権の200mバタフライで初優勝を果たすと、2021年の東京五輪では男子200mバタフライで銀メダルを獲得。2024ドーハ世界選手権で、200mバタフライで日本人初の金メダルに輝いた。パリ五輪では200mバタフライに出場。力強いキックと終盤の追い上げが持ち味。イトマン東進所属。
取材・文/栗原正夫 撮影/岸本勉
※週刊ポスト2024年8月2日号