これは決して育成牧場の見立てが甘かったというようなことだけではありません。育成牧場では元気いっぱいで、長い距離や坂路でいい時計を出していても、場所が変わって同じようなパフォーマンスができるかというとそうではないこともあるのです。
人間でも小さな子供がお泊り保育で、ご飯が食べられなかったり、熱を出したりすることがあると思いますが、それと同じで環境が変わると、体調を崩すことがあるのではないかと思います。なんといってもまだ2歳、北海道から長い長い旅をして育成牧場に来て、次はトレセンに入って、というように環境の変化に慣れる必要があります。2歳馬にとっての試練のように思われるかもしれませんが、そうではなくて、このようにいろいろな状況に順応するということは、レースに向けてよい経験になるのです。
最近では、とりあえずゲート試験まで合格させて、また育成場で鍛えてもらうというパターンが増えています。トレセンで馬をじっくり見た分、課題も分かってきますし、性格や癖、どのくらいの距離がいいか、芝かダートかといった適性なども把握しやすくなります。10月以降は3場開催になることも多く、デビュー日も、その後の仕上がり具合や相手関係、さらに馬場状態などを考えて検討することもできます。
【プロフィール】
蛯名正義(えびな・まさよし)/1987年の騎手デビューから34年間でJRA重賞はGI26勝を含む129勝、通算2541勝。エルコンドルパサーとナカヤマフェスタでフランス凱旋門賞2着など海外でも活躍、2010年にはアパパネで牝馬三冠も達成した。2021年2月で騎手を引退、2022年3月に52歳の新人調教師として再スタートした。この連載をベースにした小学館新書『調教師になったトップ・ジョッキー~2500勝騎手がたどりついた「競馬の真実」』が発売中。
※週刊ポスト2024年9月20・27日号