周囲をキョロキョロ
「筋を違えたらめちゃくちゃ」
翌日、関係者に呼び出された京都市七条の喫茶店には吉井容疑者も来ており、これまでの経緯と自陣営の正当性を説明された。
「どれだけ正当性を主張しても、ヤクザなんだから強い側の言い分が筋ですよね?」
取材ノートをみると、私の投げやりな反駁に、吉井容疑者はこう答えている。
「あなたは長くヤクザを取材してわかったふうな気持ちなのかもしれない。でもこの世界、筋を違えたらすべてがめちゃくちゃになる。是は是、非は非。なにがあってもそれを変えてはならない」
その後、吉井容疑者は金子会長の元を離れ、刑務所で知り合い舎弟分となっていた弘道会稲葉地一家の総裁を頼り、移籍した。その後、二つの会津小鉄も合流し、吉井容疑者の古巣は弘道会に出向いて頭を下げた。
吉井容疑者は自宅だった分譲マンションから名古屋に引っ越していたが、ちょくちょく京都に帰っていたらしい。事件のおよそ10日前も、京都を訪れ、旧友たちと飲んだそうである。
「同席した人によると、見る影もなくげっそり痩せていたそう。これから奥さんと温泉旅行に行くと言っていた。まさかあれが最後になるなんて」(前出の事業家)
長年連れ添った愛妻と最後の旅行を終えた後、二丁の拳銃を懐に呑み、古巣の会津小鉄側の盟友・旧神戸山口組勢の組員を殺しに出かけた吉井容疑者……幾重にもねじれた彼の人生は、哀しきヒットマンと呼ぶにふさわしい。
「喧嘩になると、いつも隠れたところからバスッといきよる。殴り合いの喧嘩をしよらへんねん。『なんで?』って訊いたら、『さしでやったら喧嘩が弱くて負けるさかいに不意打ちでしか勝てへんのや』と笑ってた。そうはっきり言い切れるだけ、あの人は芯が強かった」
旧友はそう語る。最後の仕事もまた不意打ちだったが、これが暴力団の強さであり怖さでもある。